14. 21歳
傷が治ってからも俺は領主代理の接触を徹底的に避けた。もともと下っ端の役人と領主代理が話すことなんてない。
飲み屋の子供料金を卒業し、毎晩飲み歩くようになった。いつの間にかマルシーもトマスも彼女ができて結婚までしてしまった。
「なんで俺だけ彼女できねぇの!?」
飲みながら愚痴るとマルシーがせせら笑った。
「そりゃ、お前がいいとこまでいっても途中で逃げ出すからだろ?」
「逃げてねえし・・・」
「姉さん方が言ってたぞ、ダリッチにチューしようとしても避けられるってな。」
「それは、まあ・・・」
あんまり好きでもない人とそういうことはしたくない。あのお姉さん方は挨拶代わりにしてこようとするけど。だがそんなことを言うと揶揄われるだけなので言葉を濁した。トマスも呆れたように言う。
「いい加減あの人は諦めろよ。なんでダリッチのこと好きって言ってきた子振ったんだよ。」
「だってタイプじゃなかったし・・・」
二人がかりで馬鹿だ、アホだと罵られすっかり気分が悪くなった。最近このパターンが多い。もっと悪い時には隣のテーブルの奴まで早く結婚しろといってくる。お前らに俺の何がわかるんだと怒っても、ただニヤニヤした顔がかえってくるだけだった。
だから仕事帰りになんとなく実家に足が向いたのは偶々だった。近所だから、行こうと思えばすぐ行けるから。そう思って半年ぶりぐらいに家に帰ると、おふくろは暗い家で一人で寝ていた。
「なんで明かりつけないの?」
そう言ってろうそくをつけると、お袋はもぞもぞと起きだした。
「ああ、ダリッチ。帰ってきたの・・・」
ろうそくの光でもわかる具合の悪そうな顔に仰天して慌ててもう一度寝かせた。
「どうしたの? 親父は?」
「さあね・・・しばらく見てないけど。」
慌てて台所をみたが萎びた野菜と水しかなかった。何日食べてないのだろう。俺は青くなって隣の家の扉を叩いた。顔見知りの住人に頼み込んでスープを少しだけ分けてもらう。
慌てて家に戻るとお袋はぼんやりとベッドに横になっていた。
「これ、隣でもらってきたから飲んで。」
あら悪いわねなんて言いながらおふくろが一口ずつ口に運ぶ。具なんかほとんど入っていなかったが、おふくろはなにかにむせた。慌てて背中をさすり、記憶より骨が浮き出ていることにまたゾッとする。
「・・・なにがあったの? 親父どこいったんだよ。」
「ちょっと風邪を拗らせただけだよ・・・あの人は、女の所じゃない?」
この状態の人間を放っておいて浮気か。頭がカッとなったが辛うじて我慢する。
「・・・言ってくれたらよかったのに。」
「あんた仕事忙しいでしょ。いいのよ、自分のことは自分でできるから。」
「できてねーだろ。」
思わず呟いて涙が出そうになった。いつからおふくろはこの状態だった? ずっとこんな暗い家に一人でいたのか。
「泣かないで・・・あんたは私の自慢なんだから。あんたには苦労させたけど、今じゃ立派なお役人でしょ。字も書けるし読めるし計算だってできるんでしょ? 凄いじゃない。あんたは仕事さえしてればいいのよ。」
母の手が俺の頭を撫ぜる。ちくしょう、こんなことなら誰でもいいから結婚しておけばよかった。孫でも見せに帰ってたらきっとこんな風にはならなかった。
少し話したら疲れたのかおふくろは眠ってしまった。俺は食器を洗い隣に家に返しにいき、ついでにたまにおふくろを気にしてやって欲しいと頼んだ。隣人は快く頷いてくれた。
それから俺は夜の街を探し回って親父を見つけてぶん殴った。親父は知らない若い女と一緒だった。殴り合いの喧嘩に飛んできた警備隊に無理やり押さえつけられた。それでも飛びかかろうとする俺の前にケン兄が現れ、無理やりケン兄の家に引き摺っていかれた。
そこで俺は飲まされ洗いざらい吐き出したあと床で眠ってしまった。
「親でも子でも、人間は予想外のバカをする生き物なんだよ。それに対峙するには自分が強くなるしかないんだ。」
ケン兄はそう言って俺を警備隊の朝練に連れていった。二日酔いが残る視界の隅にハジムがいた。俺はなるべく人の後ろに隠れながら木刀を振った。確かに、親父は殴らなきゃいけないが、それとは別に俺がやらないといけないことは沢山ある。
俺はその日から毎日実家に通った。隣の家の人や、ミカ、ケン兄やその奥さんも時々様子を見に来てくれていた。居た堪れなくなったのか親父は町から姿を消した。王都にいるという噂があったがもうどうでも良かった。