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【完結済】長い長い片思いの話  作者: 紫藤しと
10/23

10. 19歳と23歳②

 それから数日後、朝役所で仕事をしているとケン兄が迎えに来た。手が足りないから来いという。なぜ警備隊の人間ではなく俺なのか。色々問い詰めようとしたところ、ケン兄の後ろにぼんやり立っている医者を見つけた。医者と警備隊の副隊長のケン兄と役所勤めの俺・・・どういう組み合わせか分からず警戒しながらついていくと、ドーナー家の屋敷に連れていかれた。


 正面玄関から掃除以外では入ったことのない応接室に通される。使用人が決して座ることがないソファーに座って待つのはひどく居心地が悪かった。


 しばらくすると領主代理が入ってきた。今から何が始まるんだろう・・・


「ごくろう」


 領主代理は短くケン兄に言った。ケン兄が返事をする前に医者が割り込んだ。


「急病人がいるって聞いたんですけどねぇ・・・ハジム様どこかお加減が悪いので?」


「私は問題ないよありがとう。調子が悪いのはそこのダリッチだ。」


「え、俺? 別にどこも悪くないけど・・・」


 領主代理は俺を無視して話を続けた。


「頭が痛いらしいんだ。薬はあるかい?」


「もちろん」


 医者は頷いて鞄から小さな包みを取り出した。ケン兄が受け取って広げて机の上に置く。領主代理もなにかの薬を取り出してその横に置いた。


「これも君が作った薬かい?」


 医者は新しく出された半分に欠けた薬をしばらく眺めた後、少し砕いた粉を口に運んで頷いた。


「間違いありません。私が作った薬です。」


「この薬の効能は?」


「解熱・鎮痛・疲れ・不安なんかに効くように作ってます。」


「飲むと何をされても起きなくなるそうだが。」


「結局のところ、寝るのが一番ですからね。眠ると大体のことは良くなります。」


 ケン兄も頷いて続けた。


「うちの隊員でも飲んだ者がおりました。訓練中に怪我をして、眠れないほど痛かったらしいのですが、この薬のおかげで良くなったと。どうやらお医者様はどんな病人・怪我人にもこの薬を処方されているようですね。」


「バレましたか。この薬は私の最高傑作なんです。大体の症状はこれを飲めば良くなります! もちろんこれを超える薬を日々研究しているのですが・・・なかなか上手くいきませんねぇ。」


 医者はにこにこと言った。領主代理も愛想よく言う。


「なるほど。ただ私が問題視しているのは、何をされてもお起きないという点です。例えば・・・警備隊の食事に混ぜられたら、うちの領地は瞬く間によそ者に支配されてしまうでしょう。」


「領主様は色んなこと考えるんですねぇ。」


 医者が感心したように頷いている。俺も感心した。そういう危険性もあるのか・・・


「確かにそうですね。痛み止めの意味もありますので、簡単には起きないように作っています。ぐっすり眠れば体が回復するとの考えでしたが・・・確かにそうですね。殺されても起きないでしょうね。」


 医者の言葉にケン兄からが殺気がでた。医者は全く気が付いていない。領主代理はにこやかに続けた。


「そこでどうでしょう。その薬の強さを今から試してみるというのは。」


 ここでようやく俺も気が付いた。どう見ても場違いなこの場所に俺がいる理由・・・


「私としてもそんな素晴らしい薬をただ押収するのは忍びない。けれど見過ごすわけにもいかない。・・・しかもあなたの口ぶりでは、あなたはこの薬の効能を実際にはちゃんと見ていないのでは?」


「いえ流石に理解はしていますし、臨床も行いました。ただ・・・そんなに悪いことでしょうか。争いなんてもう何百年も起きてないでしょう? この薬は副作用がほぼない私にとって理想的なものです。これを押収なんて・・・」


「私が確認したいのもそこです。もしこの薬に私が思うほどの危険性がないのであれば、あなたはこれまで通り調薬・販売をしてもよい。うちからの資金補助もこれまで通りだしましょう。ですが私と警備隊副隊長が危険性があると判断すれば、この薬は全て押収し、今後の製造も禁止します。」


 医者は深いため息をついた。


「断ったら良くて追放ですよね・・・やっと見つけた研究三昧の職場です。わかりました、やりましょう。」


 三人の目が一斉に俺を見た。怖い。


「・・・確かに丈夫そうな若者ですね。歳はいくつですか?」


「十九歳です・・・」


「筋肉もほどよくついている。警備隊の人かな?」


「いえ。でも訓練にはちょこちょこ参加させてもらってます・・・」


「なるほど。お酒は強い?」


「ほどほどに・・・」


 突然始まった医者からの質問攻めにとりあえず返事をしていると、ケン兄と領主代理は二人で話を始めてまったく助けてくれる気配はなかった。医者は次々と質問を投げかけそれを紙に書きだしている。


「朝ご飯は食べましたか?」


「いえ、水飲んだだけです。」


 医者は嘆かわし気に首を振って言った。


「領主様! この若者は朝ご飯を食べていないそうです。この薬の唯一の副作用は胃もたれです。なにか芋でも食わせてやってくれませんか?」


 ケン兄がそれを聞くと頷いて廊下に出て行った。医者の質問は続く。


「昨夜は何時に寝た?」


「え、覚えてない・・・けど9時ぐらい?」


「なるほど。寝不足ではないね?」


「はい・・・」


「これまで大きな病気をしたことは?」


「ないと・・・思います。流行り風邪ぐらいで。怪我はよくしたけど。」


「なるほど。ご両親や兄弟が大きな病気をしたことはある?」


「えっと・・・」 

 

 医者の質問はケン兄が戻ってくるまで続いた。ケン兄と一緒に来たメイドはユリさんで、無表情に暖かいスープとチーズを挟んだパンを置いて部屋の隅で待機した。ドーナー家の食事は久しぶりだ。美味しいんだよなここの。


 俺が食べ始めると医者も食べたいとはしゃぎだした。領主代理はあっさりとそれを受け入れユリさんに言った。


「この後、上の客間に移動します。お医者様のものはそちらへ。」


 客間、客間かぁ・・・客間に通されるなんて俺も偉くなったなぁ・・・ため息交じりにパンを齧る。ユリさんがちらりと俺になにやってんのという視線を向けた。説明できねえよ・・・


 食べ終わった俺はテンションが高い医者と険しい顔をしたケン兄と、いつもと様子の変わらない領主代理と一緒に客間に移動した。ちょっとしか食べてないのに胃が重い。


「ずいぶんと豪華な部屋ですねー。」 


 客間に入ると医者は無遠慮に辺りを見回した。俺は促されてベッドに腰かけた。ケン兄と領主代理がソファを動かしている。普通ならそんなの俺にやらせるのに・・・ やることがないので取り合えず靴を脱いだ。こんな奇麗なベッドを汚したら屋敷中から怒られる。


 医者はベッド横の椅子に座り、ケン兄と領主代理は少し離れたソファから俺を見ている。物凄く居心地が悪い。


「さて、始めようか。」


 領主代理が言った。

「お酒もあった方がいいのかな?」


「いえ、今回はお酒なしでお願いします。量も固形のまま一錠で!」


 医者は何だか楽しそうだ。俺は渡された薬を水と一緒に飲み干した。もうどうにでもなれだ。死にはしないだろう。


 医者が一人で喋っている。


「この薬は即効性も重視したんです。今一般的に出回っている薬はいつ効いたんだがよくわからないでしょう? ぼんやりと眠くなるだけなんてダメですよ! やっぱり怪我や病気の時はちゃんと寝ないと!」


 医者は軽食を食べながらしゃべり続けてる。よく喋るなあと思いながら横になって目を瞑る。ストンと穴に落ちるように俺は眠ってしまった。

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