1. 5歳と9歳
初めて見た時、なんてきれいな人なんだろうと思った。
領主様のご子息がもうすぐこの町を見回りに来る。誰かのその一声でさっきまで遊んでいた奴や立ち話をしていたおばさんたちが一斉に色めき立った。
俺はよくわからないままなんとなく道端でそのご子息とやらを待った。現れたのは兄弟で一人は少年、一人はまだ子どもといっていい男の子だった。この兄弟はたまに見回りと言って町に現れるらしい。
二人の姿を見た周りの女が一斉に嬌声を上げる。いつもは男みたいなミカだってまるで女に戻ったような顔をしている。
「ね、見て! アダール様とハジム様! ご兄弟でいる! かっこいい!!」
ミカに肩を揺さぶられ、俺はそれを乱暴に振り払った。なんだよ、はしゃぎやがって。金持ちだから奇麗な恰好してるだけじゃないか。
腹が立って兄弟を睨むと兄の方がふっと笑った。それを見たミカがまた甲高い声を上げる。
「見た!? こっち見て笑ってくれた!」
ミカのバカでかい声に弟の方もこちらを振り返った。だが俺に思い切り睨まれて戸惑った顔をする。すぐに兄弟は目の前から移動してしまった。一緒に周りを取り巻いていた連中も移動してまた通りに静けさが戻った。
「コラ、あんまり領主様のご子息を睨むんじゃない。」
ケン兄が苦笑しながら俺の方に寄ってきた。同じ町に住む若い警備隊の人だ。面倒見がよくみんなからケン兄と呼ばれ慕われている。俺がこちらに越してきてからというもの、何かというと声をかけてくる。
「偉いのは領主様であいつらじゃないだろ?」
「次期領主様だよ。アダール様はあの歳で既に大人顔負けだ。もうじき王都の学園に行かれてもっと強くなるだろうさ。ドーナー領は安泰だな!」
ハハハとデカい声で笑うケン兄に余計にイラっとする。
「へえ。ケン兄より強いの?」
「んー? まあ・・・どうかな。一緒ぐらいかな!」
「ケン兄の方がだいぶ年上でしょ?」
「三歳しか違わんし・・・おっと! 仕事中だったわ!」
ケン兄はわざとらしく思い出したフリをしてどこかへ行ってしまった。。兄弟を追いかけていったミカも帰ってこない。つまらない。さっきまで一緒に遊んでいたのに。俺は不貞腐れて道端に座り込んだ。さっきまでしていたのはお店屋さんごっこだ。ミカが強引に誘ってきたくせにいなくなるなんてズルイ。
俺は少し前に王都から引っ越してきたばかりでまだ知り合いも少なかった。引っ越しというより親父の借金が返せなくなったのが原因なので、むしろ夜逃げというのだろう。他にも女やら喧嘩やらいろいろあったらしいが、母親は子供の俺には教えてくれなかった。
だが、理由はわからなくても昔は優しかった人達がだんだん冷たくなっていくのは辛かった。次第に俺と遊んでくれる人もいなくなった頃、両親は王都からでていくことを決めた。
途中の村までは荷馬車に商品と一緒に乗せてもらい途中からは歩いてこの町にたどり着いた。どんな田舎に行くのかと思いきや、この町は王都と同じぐらい栄えていた。ここで新しい家を格安で借り、父親は以前と同じのパン屋の仕事を始めた。雇い主は優しく、毎日パンをうちの家族に分けてくれた。王都にいた頃より家は狭く物も服もほとんどなかったけれど、喧嘩のない家は幸せだった。
おまけにこの町は妙に人懐っこい人たちが多かった。なかでもミカはこの辺りのガキどものリーダー格で、俺を見つけるとすぐに自分たちの遊びに引っ張り込んだ。
「あたしミカ。よろしくね!」
三歳年上のミカは毎日容赦なく俺を振り回した。うちの母親は「お姉ちゃんができたみたいね」なんて言って笑っていたが、そんないいもんじゃないと思う。
「よおダリッチ。王子様にミカとられちゃったな。」
拗ねて一人で石を投げていると、向かいの靴屋のおじさんが面白そうに俺を見て笑った。
「あいつら王子様なんかじゃないだろ。」
「この領の王子様だよ。本物の王子なんか俺らは一生見ることもないよ。」
おじさんはそう言って笑いながら店に戻っていった。他にも何人もの通りすがった大人に揶揄われた。それにいちいち怒っているやっとミカがポニーテールを揺らしながら戻ってきた。
「あー、素敵だった。私、絶対将来アダール様と結婚するんだ。」
ミカのうっとりした顔がムカつく。
「馬鹿か。貴族がお前なんか相手にするわけねーだろ。」
「わかんないでしょ!? 今日だって笑いかけてくれたし。」
「お前が面白い顔してるからだよ。バーカ。」
「うるさい、このチビ。」
「うっせぇ、この馬鹿女。」
ギャーギャーわめく俺らと、それを笑ってみている大人。
前にいた町とは全然違う環境に子どもながらに感謝していたこと、きっと誰も知らないだろう。でもそれと兄弟がムカつくというのは別の話だ。