59 勉強会をいたしましょう
朝、教室へ入ると、教科書と睨めっこをしているアイリを見つけた。
後ろへ座っていたドラーグも、同じような顔をしている。
二人とも頭から煙が出そうだ。
「アイリ」
声をかけると、アイリが悲痛な顔を上げた。
すかさず、鞄から取り出したハンドクリームを手に取り、アイリの手を撫でつけた。
「慌てても仕方ないわ。あなた、成績は悪くないんだから」
実際、アイリは、特別勉強ができるわけではないものの、真面目な性格なのか、なんとか平均を保っていた。
「いい匂い」
アイリがほっとしたように手の匂いをかいだ。
続いて、ドラーグの手も撫でつける。
「…………」
ドラーグの方は、困ったような顔をしたけれど、どうやら嫌がっているわけではないらしい。
これもハーレムの下準備。
ドラーグの方は基本的に平均の周囲で行ったり来たりしている中で、数学だけは上位に入る。
商人として数字には強いんだろうか。
「けど、そうね。みんなで勉強した方が、効率はいいかもしれないわね」
アリアナの提案に、アイリとドラーグは、二つ返事で頷いた。
その日から、昼食時には、庭園で勉強会を始めた。
日陰の多い庭園は居心地が良く、勉強をしている生徒達も多い。
アリアナ達も、木陰にシートをひいて、3人で座る。
「アリアナ様、ここは?」
「うん、ここは公式を当てはめるの。公式は確か……」
アリアナが数学の教科書を手に取ったところで、目の前に開かれた教科書が差し出される。
ドラーグが、そっけない顔のまま教科書を示した。
「この公式だ。それならこの問題と似てるから、これを参考にするといい」
言いながら、アイリのノートを覗き、教科書をめくる。
「本当に数学は得意なのね」
「ああ、まあ。商会で叩き込まれたからな」
平民であっても、後継者として学ぶ事は多いという事か。
納得しながら、自分の教科書を開くと、そこにひとつ、影が落ちた。
木漏れ日の中に、誰かが立っている。
「アリアナ、こんなところで勉強?」
声をかけてきたのは、アルノーだ。
アリアナが、キョトン、とアルノーを見上げる。
「…………」
「…………」
アルノーはそのアリアナを見て、冷や汗混じりの笑顔を作った。
「レイノルドはいないよ」
「…………!」
アリアナが、口をぱくぱくさせてから、
「珍しく、今日は一人なのね」
なんて、涼しい声で言う。
「レイノルドは、一人で読書するのも好きだからね。付き人も追い払う時があるんだ」
「あら、公爵令息がのんきなものね」
それに応える代わりに、アルノーはにっこりと笑う。
「勉強会?俺も一緒にいいかな」
「もちろん」
アリアナが微笑む。
これは、実際、なかなかいい話だった。
いつもレイノルドと一緒のアルノーと仲良くなる機会は、あまりない。
この機会に、どんな人なのか見ておかなくちゃ。
アルノーがアリアナの隣に座る。
アルノーもこの辺りで試験勉強に勤しんでいたようで、教科書を持っていた。
どうやら歴史の教科書のようだ。
「じゃあ、歴史やっておきましょうか」
「ああ、ありがたい」
そんな風に、アイリはドラーグに任せて、アリアナはアルノーと歴史の教科書を開く。
「この戦争があったから、公国と交流できるようになっただろ?」
「あら、戦争さえなければ、関係はもっと円滑だったはずだわ」
「いやいや、アリアナ。よく考えろ」
ぴっぴっとアルノーが指を振る。
「この戦争がなかったら、この地域はずっと先まで手付かずだったはずだ」
「いいえ。こっちの本を見て。これは王国の商業史の本なのだけれど、ここ。ほら、この中心にある鉱山の名前が出てくる」
歴史の試験勉強だったはずの時間は、気づけば違う話になっていた。
ひとしきり話をした後、試験勉強から逸れていく事に気づき、二人は息を吐いた。
「アルノーは何が得意?」
「俺は、語学と魔術ならまぁまぁかな。正直、こんなちゃんとした試験って初めてでさ」
「まぁまぁだなんて。魔術師なのだし、もっと自慢していいと思うわ」
「ははっ、まさか」
「アルノー」
そこで、アルノーを見下ろし声をかけたのは、レイノルドだった。
「やぁ」
アルノーが、レイノルドに向かって満面の笑顔を見せた。
空気がピリつく。
レイったら、突然出て来て、なんでこんなに機嫌が悪そうなの……。
これ程の顔を見るのは久しぶりだ。
レイノルドに引きずるように連行されるアルノーを見送る。
手を振ると、笑顔で手を振り返してくれた。
レイノルドは一人でも、襲ってくる人間を撃退できるほどの能力はあります。




