58 楽しいと思っていいでしょう?
アリアナは翌日の夜、一つのワゴンをじっと見つめた。
お茶の準備。
保温の魔法陣が描かれたケーキカバーの中は、ケーキが入っている。
自室で、ワゴンの置き場所を、ああでもないこうでもないと頭を悩ませる。
デスクの隣はなんだかおかしいし、部屋の隅にありすぎても変だわ。やっぱり、テーブルのそばかしら。
結局、無難にテーブルのそばに置いておく。
……勉強を教えてもらうお礼、こんなものでいいかな。
腕を組み、さらにワゴンをじっと見つめた。
ライトに勉強のお礼がしたい。
けど、どんな素性かわからないし、気軽に物を渡すのも気が引ける。
アレスを教えてくれているレイノルドには、お茶や食事を一緒にしていると聞く。
公爵家の者同士で上下関係は作れないので、お給料という形はやめたと聞いている。
ならやっぱり、こういう形がいいのかなと思うけど。
ワゴンの周りでウロチョロしていると、窓がコンコンと叩かれた。
すっかり外は暗い。
来た。
ライトは、今日も参考書を持ってきた。
3冊ほどの参考書には、栞がいくつか挟んである。
予習でもしてきてくれたんだろうか。
これなら、本当にお礼の一つもしないと夜もゆっくり眠れないだろう。
「こんばんは」
と、アリアナが挨拶すると、
「こんばんは」
と返ってくる。
すっかり安心するやり取りだ。
アリアナが、ライトの前に立つ。
「あのね」
言ってから、あのね、なんていう話し始めはちょっと子供っぽかっただろうかと少しだけ思う。
「せっかく教えて貰うのだから、お礼を用意したわ」
「え……?」
ワゴンのケーキカバーを取って見せると、ライトは少しだけ微笑んだ。
「一緒に食べましょう」
「いいね」
アリアナが、ほっとした顔を見せる。
「美味しそうだ。勉強のご褒美に丁度いいね」
ご褒美?
「違うわ。ちゃんとライトが喜びそうなものを用意したもの」
アリアナは口を尖らせる。
ケーキは普通のショートケーキだ。
上に苺が乗っている。
確かにアリアナの好きなものだけれど。
ううん、苺の乗ったショートケーキは、左門が少しだけ特別に見ていたものだ。
誕生日やクリスマスなど、左門は小さい頃から、特別な日には必ずショートケーキを食べたがった。
お礼のケーキは、この間フリードに紹介してもらった店で買ってきた。
一見素朴だけれど、味は保証つきのケーキだ。
「わかってるよ。ありがとう」
ライトが、なんだか優しい顔をする。
ライトを前にすると、アリアナはいつも、少しだけ変な感覚になった。
自分を取り繕えない。
気づくと素で話してしまっている。
相手が誰なのか未だによくわからないのに、目の前にするとなぜだか安心してしまう。
ライトが素で接してくれているという事なのか、それとも、ライトが魔術師で、アリアナに安心する精神作用の魔術をかけているのか。
魔術が得意なところを見ると、魔術師であるという可能性は大いにあった。
魔術師に聞けばわかるのかもしれないけれど。
ライトとの関係は極力誰にも言わない方がいいような気がした。
誰も知らないはずなのだ。この関係は。
もしこの関係を知る者が現れたら、それはライトの正体に繋がる鍵となる。
外に漏らしてしまっては、その鍵を見つける事が難しくなるかもしれない。
いつまで続くのかわからないこの関係を、つい、楽しいと思ってしまう。
この気持ちでいて、大丈夫よね?
ライトの所作は綺麗で、親しみが感じられる。
大丈夫よ、ね。
正体は知らないままですが、イチャイチャはしていただきたい。




