22 君の名を呼んだら
「ふむぅ……」
アリアナは、夜、自室のソファで書類と睨めっこしていた。
コンコン、と窓の外からノックの音がする。
見ると、ライトがそこに立っていた。
こっそりと準備していた小さなナイフをスカートの中に忍ばせる。
自分の身を守るためだ。
まだ、この人を信用するには早すぎる。
「やぁ」
「いらっしゃい」
正直、こんなにすぐにまた来るなんて思わなかった。
公爵邸に入ってくるのに、準備も何もいらないということ?
途中で騎士も沢山いるはずなのに。
とはいえ。
「ちょうどいいところに来てくれたわ」
ちょうどいいところに来た、というのは本当の事だ。
「これで悩んでいて」
アリアナの前にある書類は、『魔術上級』と書かれている授業のパンフレットだ。
貴族が持つべきものは、沢山ある。
語学、数学、ダンス、剣術、歴史、魔術などなど。
それを一定のレベルまで押し上げてくれる。貴族か平民か、出身国さえ区別無く知識を授けてくれる。
それが、王立アカデミーだ。
授業は、論文や対話、実技が多く、家で学べる以上の事を学べると評判で、今では余程の理由がない限り、この国の全ての貴族の子供達がアカデミーで学んでいる。
とはいえ、それぞれの家々でも学んでいることはあるというのに、全員が全員同じ基礎ばかり学ばせるわけにはいかない。
そこで、登場するのが上級クラスだ。
この国随一の学業の鬼達がこぞって教鞭に立っている。
基礎クラスとは別の時間に設けられており、活動時間は少ないけれど、いわば部活のようなもの。
生徒達はいくつか選べるようになっている。
「剣術はもちろん取るんだけど、魔術……魔術を取ろうか悩んでいるの」
魔術上級は、実際に魔法陣を描き、発動させる実技が中心の授業だ。
「魔術?」
ライトの瞳が、キラリと光った。
アリアナが微笑む。
「魔術なら、アルノーは必ず居るだろうし。優秀な魔術師らしいから」
「アルノー」
その名を繰り返し、ライトの目は一瞬にして光を失った。
優秀な魔術師ならここにも居るが?と思いつつも、ライトは虚無の顔になる。
「それに、魔術は、子供の頃から学びたかった事なの」
「学びたかった?」
ライトには、アリアナが魔術を学びたかったなど、初耳だった。
子供の頃は、知らない事なんてないと思っていたのに。
僕らは、思っていた以上に、離れてしまっていたみたいだ。
「けど、ちょっと苦手な人が居るかもしれなくて。相手はその……魔術師の家系だから」
「ルーファウス?」
すっかり絶望の色になった瞳で、ライトが口にする。
「あ、うん……、そう」
申し訳なさそうに蜂蜜色の髪を触りながら、アリアナが答える。
「…………」
少しの沈黙の後、床に視線を落としたまま、アリアナが口を開いた。
「なんか、ね。どう関わっていいかわからなくて」
困ったような顔で笑う。
「あんまり、話せなくなっちゃって。話しかけていいのか、わからないの」
「嫌いなわけじゃないんでしょ?」
半ば、願うように、ライトはそう尋ねる。
「……まあね」
ライトは、そう言いながらも口を尖らせたアリアナの顔を見た。
「相手だって、どうしていいのかわからないだけかもしれないよ」
「私に文句ばっかりつけるのよ?この間も、護衛と仲が良すぎるからどーのこーのなんて」
「はは」
ライトは苦笑した。
ボフッ!ボフッ!
アリアナは、隣に置いてある大きなクッションをグーで殴り始めた。
「レイったら!レイったら!!」
「…………」
ライトが、まじまじとアリアナを見ていることに気付き、愛想笑いを返す。
「レイって、呼んでるんだね」
アリアナは、困ったように眉をハの字に寄せて、笑った。
「今はもう、面と向かって呼ぶことはないけど。……レイはレイだから」
「……そっか」
ライトが何故だか嬉しそうに笑ったので、アリアナは、少しだけ居心地が悪いような、不思議な気分になった。
どうしてもアリアナが気になってちょくちょく訪ねてしまうレイノルドくんなのでした。




