20 王立アカデミー(2)
「うわっ、ととっ」
振り返ると、後ろで、転んだ女生徒が一人。
赤毛のポニーテールが揺れた。
「大丈夫?」
手を差し出す。
ボタンの家紋は、パーティーでも見かけないものだ。
桔梗のような花に、扉のような枠が囲ってあるだけの簡素な家紋。
どこかの子爵のものだっただろうか。
服の色は、若草色。
「あ、ありがとうございます」
助け起こした少女は、丁寧だけれど、つけ焼き刃のような辿々しいお辞儀をする。
「いいえ」
健康的で可愛らしい顔立ち。
まるで『女の子と盛り上がる為の58本』の中の1本、『ようこそ!トゥイーデ魔法学園』の主人公みたい。
ちなみに、『ようこそ!トゥイーデ魔法学園』は、イケメンいっぱいで話題になったスマホゲーだ。
主人公の女の子とイケメン達の、バトルあり恋愛要素ありのシミュレーションゲーム。
くしゃくしゃな赤毛を揺らしながら、教室に入る。
……可愛いじゃない?
こんな子の恋愛を悪役令嬢として盛り上げられればなかなかいい学生生活が送れそうなのだけれど。
思いながら、教室に入る。
教室の中は広い。
大きな教壇と黒板を中心に、扇状の雛壇になっている。
教室は学年で一クラス。
中等科は30人ほどだったけれど、高等科は50人ほどいる見込みだ。
「おはよう」
「アリアナ、久しぶり~」
中等科の面々に声をかける。
ざっと見渡すと、すでに新顔もちらほら来ているらしい。
全員が立ち上がったままなのは、慣例に倣ったものだ。
緊張した面持ちの少年少女達が何人か目につく。
さっきの赤毛の子が教室の端の席にいるのが見えた。
「アリアナ、こっち!」
声をかけてくれたのは、ノーマン伯爵令嬢のシシリーだ。
「高等科、楽しみね。この年に生まれたことが、最上の喜びだわ」
「うふふっ」と好奇心を抑えきれない顔で、シシリーが耳打ちしてくる。
「そんなに?」
「そりゃあそうよ。有名人ばかりじゃないの。国一番の美人をはじめとしてね」
「あら、そうなの?それは楽しみね」
そう返すと、シシリーはいよいよ「あはは」と笑った。
「あなたのことよ、アリアナ」
「もう、なに言ってるの」
多少照れながら笑う。
ちょっとしたやり取りで、緊張がやわらぐのがわかった。
「ほら、そろそろ始まるわ」
立ち上がったままのシシリーが、正式なお辞儀をした。
前を見ると、侯爵家の令息が入ってくるところだった。
アカデミーでは、生徒達は家に縛られず、対等な関係で学ぶことが出来る。
ただし、初日だけは、慣例として正式な挨拶をするのだ。
新顔のメンバーは、位の低い家から順番に、教室へと入って来る。
何人かが入ってきた後、教室の中がざわつき、一際の緊張が走る。
振り向くと、そこには、レイノルドが居た。
「…………」
同じ教室で、勉強するなんて……。なんだかおかしな感じ。
階段に足をかけたところで、レイノルドが、アリアナに気が付いた。
「…………!」
アリアナは、目を逸らしてしまう。
教室でまで、あんなにギスギスした空気を持ち込みたくはなかった。
……どうせ、顔を合わせても、また友達みたいには出来ないんだから……。
「…………」
また、そっとレイノルドの方を見ると、ずいぶん前の方の席に、後ろ姿が見えた。
紺色の制服。
隣に座っているのは付き人のアルノーだ。
いいのよ、これで……。
入り口を凝視する。
公爵令息が入って来たのだから、次はもう決まっている。
席は自由です!




