199 噂話
ライトは、アリアナの部屋の窓の前で、ため息を吐いた。
嫌な噂話を耳にしてしまった。
アリアナが、禁断の恋に身を焦がしているというのだ。
相手はライバル家門の魔術師の弟子。
つまり、アルノーだ。
事の発端はこの間、アルノーとアリアナが街で楽しくデートをしていたという話。
……どういうこと……?
ライトは、頭を抱える。
今まで、アリアナが町を誰かと二人で歩く事なんて、当たり前のようにあった。
じゃあ、どうして。
今回だけはどうして。
どんな決定的な事が……。
かちゃり、と窓が開く。
「いらっしゃい。どうしたの?そんな所で」
いつも通りのアリアナの笑顔。
いつも通りの明るい部屋。
「今日は、美味しいチーズケーキを焼いてもらったのよ」
いつも通り……の…………。
その時、ライトの目に、アリアナのテーブルに置いてある物が映った。
ハンカチ。
白い、ただの布切れのようなハンカチ。
アルノー……、の……。
チーズケーキをを前に、ライトはにっこりと笑顔を作る。
「ハーレム計画、上手くいっているみたいだね。聞いたよ、アルノーとの事」
そう尋ねると、アリアナは、いつものようにパッと笑った。
「ふふっ。ハーレムとしてはあまり変わっていないけれど」
……ハーレムとしては……!?
じゃあ、……まさか……、恋人としては進展した……なんてことが……。
「けど、あのハンカチ。もしかして、アルノーの物じゃ?」
ライトが、テーブルの上の白いハンカチを示す。
「え、ええ。そうよ」
アリアナが、戸惑うような笑顔を見せる。
そしてそれ以上、アリアナがハンカチに言及する事は無かった。
やっぱり何か……やましい事が…………。
ハンカチを借りる事なんて、地面に座るのに下にひく時か、泣いた時くらしかない……。
ライトは、アルノーとアリアナが、仲良く湖のほとりに並んで座るのを想像し、心の中で頭を抱えた。
『ほら、アリアナ。ここに座って』
『ありがとう、アルノー。うふふ』
……それはないでしょ。
かと言って……。
『アルノー……、私……。辛い恋をしてしまったわ……』
『さあ、アリアナ。これで涙を拭いて』
『私……っ、あなたの事が……っ』
……うぅ……、心が痛い…………。
けど実際、大切そうにテーブルにハンカチが置いてあるじゃないか。
……僕だって、手袋貸したのに…………。
そう。
貸したはずの手袋は、何処にも見当たらない。
そう何日も、ルーファウス家の色をした手袋なんて使っていたら、それこそ噂になりそうだし。
まさか捨てられてしまったんだろうか。
それ以上聞き出せもせず、ライトはアルノーが待つ自分の家へと戻って行った。
その夜。
寝間着に着替えたアリアナは、満足げなため息を吐いた。
「ライトったら、今日はなんだか、ハーレム作りに積極的だったわね」
鼻を、ふんと鳴らす。
もぞもぞとベッドに入ると、ころりと横を向いた。
枕元に置いてある、レイノルドの手袋を無言で抱きしめる。
「…………」
真顔で無言のまま、手袋を顔に押し当てると、
「おやすみなさい」
小さくそう呟いて、アリアナは幸せな眠りについた。
少なくともこの冬いっぱいは返すつもりはありませんね。