196 物思いに耽る(3)
「アリアナ……?」
ぽろぽろと余りにも泣くものだから、アルノーはただおろおろするばかりだった。
「ふえぇぇぇ」
「アリアナ、ほら、チーズケーキ。美味しいから」
「ふえええええぇぇぇ」
なんとか、フォークでチーズケーキを一口、アリアナの口に押し込むと、その手にハンカチを握らせる。
店の者も、周りの客も、見て見ぬふりをする。
真っ直ぐ前を見て、ぽろぽろとこぼれる涙は、スカートを握りしめたアリアナの手に落ちた。
「えぇ…………」
アルノーは苦悶の表情を浮かべる。
アリアナを泣かせたいわけでもなく、破門のピンチを迎えたいわけでもないアルノーは、仕方なくアリアナの手を引き、外へと連れ出した。
数分後。
アリアナとアルノーは、王都の川を下るゴンドラに向かい合って座っていた。
ゴン、ゴトン、と鈍い音を立て、涼やかに舟は進む。
その涼しい風の中で、アリアナはなんとかアルノーのハンカチを使い、涙を拭う。
「えっと……」
アルノーは、言葉を発するとまた泣かれてしまいそうで躊躇する。
躊躇はするけれど、師匠に関する事をうやむやに終わらせるわけにもいかなかった。
「パートナーを断るって……どうして」
「…………」
聞くと、アリアナは口をへの字に曲げた。
辛そうな顔をしたけれど、涙は流さなかった。
「私……」
アリアナが呟く。
木陰を通ると、舟の上に木漏れ日がゆらゆらと揺らめいた。
「無理なの……」
アリアナが、悲しげにため息を吐く。
アルノーは眉を寄せた。
「確かに、レイノルドはちょっと……いや、かなり重いけど、あれでいて……」
「こ……、今度こそ、失敗したら、嫌われ……ちゃう……かも」
「…………え?」
「私、レイに酷い事しちゃった事があって。でも、やっとここまでまた、話せるようになれたの」
「えっと……」
アルノーは、状況が理解できずに戸惑った。
アリアナの手は、震えていた。
「次……上手くいかなかったら、本当にもう話も出来なくなるかもしれない」
「…………」
アルノーが、目の前の少女を、まじまじと見た。
「アリアナって……」
真面目な顔つきで、アリアナをじっと見る。
「レイノルドの事好きだったんだな」
「…………」
アリアナが、アルノーの顔を見た。
そして、無言で睨みつける。言われたくなかった事を言われたように。
好きだということを、肯定はしなかった。
けれど、否定もしない。
否定しない事自体が、レイノルドをどう思っているのか言ってしまったも同然だった。
アルノーがむにんと笑う。
「大丈夫だよ」
「え?」
「レイノルドは、絶対にアリアナを嫌いにならない」
「…………どうしてそう言い切れるの」
「弟子だからわかるんだ」
「そんな事で……」
そう言いながらもアリアナは、少しずつ元気になってきた。
「もし、アリアナにおかしな趣味があっても。口が悪くても。男好きでも」
「……信じていいのか、わからないわ」
「嘘つきでも。他の誰かを好きでも。ダンスが下手でも」
アリアナが、困ったように笑った。
「絶対に?」
アルノーが笑う。
「絶対にだ」
そんなわけで、ほのぼのデートなのでした。