192 船の上で(3)
「ふふっ」
船上の光景を見て、アリアナが笑う。
エリックが寄ってきて、一緒になって笑った。
床の上で、ゆったりと座る。
いくら船上とはいえ、王家の人間や公爵家の人間が床に座る事など基本はあり得ないが、ここの宴会だけは特別だ。
食事は酒樽の上に。
酒はその下の酒樽から出る。
それ以外は何もなく、ただそれぞれに配られる木製のジョッキがあるだけだ。
立食パーティーというわけでもなく、船員達は床に座り小さな丸を作ってそれぞれ食事をする。
踊るのも転がるのも床の上というわけだ。
「面白いな」
エリックが、感慨深げに言う。
確かに目の前の光景は面白いけれど、そういった事ではなさそうだ。
アリアナが興味深げにエリックを見ると、エリックが優しい視線を向けた。
「君が記憶を持っている事さ」
「…………」
そんな風に言われる事があるとは思わなかった。
少し考えて、アリアナが口を開く。
「けど……、この『ハローハーモニー』の活動は、記憶とは関係ないわ」
「そんな事ないよ。人を集めたのも、服作りのイメージも、その記憶が発端だろ?」
「まあ、そうね」
人を集めたのは、ハーレムを作りたかったからだけれど、確かにそれも、左門の記憶がきっかけだ。
「その、思い出したものがさ、こんな風に世界を変えてしまうんだから」
エリックが、また感慨深げにあたりを見渡した。
みんなが笑いながら、食事をしている。
シシリーとアイリまで、手を取り合い、くるくるとダンスを始めていた。
「大げさよ、エリック」
言いながら、確かに、とも思う。
そう、確かに、左門の記憶がなければ、このメンバーでここまで来る事はなかっただろう。
エリックが、優しく笑った。
「俺の世界は間違いなく変わったよ」
アリアナが笑い返す。
「そうね。私の世界も変わったわ」
見渡すと、みんなの笑顔が見える。
「すごく、変わったわ」
海から吹く風の中で、アリアナが笑った。
みんなの笑顔の上で、いつの間には太陽は隠れ、星が顔を出すようになった。
船の端から覗くと、チャプチャプと音がする。
左門が好きな、こんな風景の歌、あったっけ。
星が……。
「ふん、ふんふん……♪」
アリアナは、小さく鼻歌を歌う。
そこへ、
「面白い歌だね」
真後ろから、声をかけて来たのは、レイノルドだった。
「!?」
背中にレイノルドの体温を感じ、振り向けなくなってしまう。
ただただ、近かった。
レイったら……。
もう少し、離れてくれないと……。
「そ、うなの。遠い国の歌で。私も、うろ覚えなんだけど」
「楽しそうだね」
「楽しいわ。こんなに楽しい事……久しぶりだもの」
そう。
前にこれほど楽しいと思えていたのはいつだったろう。
もしかしたら、エリックとレイと3人で、遊んでた頃かもしれない。
「エリックとも、楽しそうだ」
…………?
アリアナは、くるりと後ろを向いた。
やはり、レイノルドはかなり見上げなくては顔が見えない距離に居る。
仕方なく、レイノルドの胸の辺りを眺めた。
「…………そりゃ、エリックとは仲良しだもの」
「今度……」
「え?」
見上げようとするけれど、目を合わせることは出来なかった。
囁くような、声。
「もし、ダンスのパートナーが必要な時は、僕が申し込んでいいかな」
そんな恋愛展開!