190 船の上で(1)
夕方。
夕食を兼ねて、船にお邪魔する事になった。
船は、あの剣を持った女神を船首にしているレディ・アウロラ号。
全員で船を訪ねると、騒がしい船上に迎え入れられる。
そこここに立てられた酒樽の上で、木製のジョッキを打ち合う音がする。
大きな声で肩を組み歌う船員達と樽の上に置いてある料理の数々。
船の上は、まるで物語に出てくる海賊船のようだった。
少しイメージが違うとすれば、料理の数々がどことなく上品だという事だろうか。
船上に並べられた料理は、ポークソテーであってもただの焼き鳥であっても、皿の上に綺麗に並べられていた。
そして、その皿のまわりには野菜が多い。大抵は、味付けされたサラダだ。
船旅では、食料の調達がしづらい。
肉ならばまだ、干し肉など加工して持っていく事ができる。
けれど、野菜はそうもいかなかった。
じゃがいもや玉ねぎ、はたまたカボチャなど、日持ちのする野菜ならばまだいい。
けれど、生野菜を持ってはいけない。
船員達は、港に戻ってくると、その公爵家を後ろ楯に持った船上の料理人の手によって作られた料理の数々を、贅沢なご馳走のように食べた。
そんな、ちょっとした非現実なパーティーだった。
そこへ、アリアナに向かってくる屈強な男がいた。
筋肉粒々なその背の高い男は、その風貌とはうって変わって、にこにことした笑顔をたたえている。
オニオン卿がゴリラなら、こちらは水牛だ。
「やぁ、お嬢!」
ひねった口ひげが、もぞもぞと動く。
「バロン!」
アリアナが嬉しそうに寄っていった。
バロンと呼ばれたその男は、より嬉しそうな顔になる。
その男こそ、この船の船長だ。
アリアナは、バロンに小さい頃から懐いていた。
数年に一度しか会わない間柄だが、気さくで話しやすいのだ。
「積もる話もあるが、まず腹を満たそうか」
「ええ」
どんな話か伝わっているのだろう。
単刀直入にお願いなぞを持ちかけるのは不粋というものだ。
アリアナ達一行もその宴会に加わる。
それぞれ、ジョッキを持たされた。
「ジュースよね!?」
船員達の大きな声に負けないよう、アリアナが大きな声で持ってきた船員に確認する。
「当たり前じゃないっすか!お嬢!」
威勢のいい船員の声が聞こえる。
自信ありげな返事だったけれど、すぐに、
「これジュースだよな?」
と隣の船員に聞いた。
……不安しかないけど、多分大丈夫なのよね?
「さあ、お嬢達に、かんぱーい!」
今日、何度目かの乾杯の音頭が取られた。
食事は、確かに美味しかった。
ジル・ディールだけはお酒をご馳走になったらしく、陽気に笛を吹き始める。
いつになく雑な音色だったけれど、いつになく楽しそうな音色だ。
陽気な船員達が、その笛の音に合わせ歌い出す。
船上の陽気な夜の始まりだった。
バロンは本名ではないです。