188 視界は全て海ばかり(2)
港町は、海のそばにある。
といっても、海が見えるだけで、海に入れるわけではない。
海は商人のもの。
浜辺があるわけでもない。
あの場で遊ぶなんて事をすれば、商船から怒られるだろう。
窓の外からは、何艘もの商船が出入りする姿が見える。
どれも、帆こそシンプルな生成りのものだけれど、船首像を始めとして、金を基本とした船の装飾はどれも派手派手しい。
中でも目立つのは、船首の女神が巻いた布をそのまま長く伸ばした様な装飾の船だ。
船首の女神は、大きな剣を持っている。
あれが、サウスフィールドが支援している商船だ。
ジェイリーに商船の主に会えるよう手配してもらう。
それまでの間は自由時間だ。
アリアナは、数人と、町外れの小高い丘の上に登った。
そこは小さな展望台のようになっている。
といっても、一部に木製の床と手すりがあるだけで、特にどうということはない場所だ。
アイリとシシリーがフリードを真ん中にキャッキャと言い合う声が聞こえる。
景色を眺めるアリアナは、不思議に思う。
ここは確かに海なのに。
左門が暮らしていた海は、この世界のどこにもないのだ。
左門なら、それを悲しく思うだろうか。
ううん。
もしかしたら、こちらの海にはどんな生き物が居るか調べようとするかもしれない。
「うん」
一人で、頷いてみる。
いつか、こちらの海の生き物を調べてみよう。
もしかしたら、変わったウミウシなんかも居るかもしれない。
海と、遠く見える対岸を見つめながら、ぼんやりしていると、
「へへっ」
と後ろから声がかけられる。
こんな笑い方をするのは、ジル・ディールしかいない。
後ろを振り返ると、案の定、悪い事をしでかした少年のような顔で、ジル・ディールが立っていた。
「…………」
あまり、話し込みたい相手ではない。
まだ、話しかけられてもいないし、逃げてしまおうかと思ったけれど、不貞腐れた顔で頬杖を突くジェイリーが近くに座ってこちらを見ていたし、レイノルドがアリアナの隣から冷めた顔で寄ってきたので、勇気を出してそこに留まった。
その視線もあってか、ジル・ディールは少し言いにくそうに口を開く。
「怖がらせて、申し訳なかった」
ジル・ディールにも、アリアナがまだ警戒しているのが伝わっているようだった。
アリアナだって、それを突っぱねるほどの理由はない。
すでに謝ってはもらっているわけだし。
この旅行の中で何度か同じ場所で食事をして、この人が悪人なわけではない事を知っている。
笛の音が、どこまでも響く事を知っている。
アリアナは、少し冷たい視線を向けると、
「謝罪は受け入れます」
と言った。
正直、他国の王族との繋がりを手放すのは惜しい気持ちもある。
こんな人でも。
「結婚したい気持ちも本当だよ。確かに王位は継がないし、……今はもう、後ろのワンちゃんがいるから無理だろうけど」
と、ジル・ディールがアリアナの後ろ側を見る。
なんとなく後ろを振り向くと、そこに居るのは当たり前だが、冷ややかな視線を向けたレイノルドが居る。
「…………」
レイをワンちゃん呼ばわりするなんて。
ジル・ディール……。この人、どことなく失礼よね。
けどまあ、あの日からレイノルドが守ってくれているのは本当だ。
「そういう事。あなたとは結婚しませんから」
言った瞬間、ジェイリーがいつになく戸惑ったのがわかった。
え?
あ……。
そして気づく。
今、私、レイノルドが婚約者のように言ってしまったのではないだろうか。
慌ててレイノルドの方を改めて見ると、レイノルドは思いの外、しらっとした顔をしていた。
流石にアリアナの言葉にそんな意味は込められていないとレイノルドはわかっている。
それにしたって。
……もうちょっとくらい照れたりしてくれてもいいんじゃないかしら。
どちらかというと海賊なんじゃないかと思える様な人達ばかりが目に入る港町です。