181 シシリーの憂鬱
それは、そんなちょっとした日常の風景だった。
……私以外にとっては。
シシリーは、夕陽が差す中、一人で宿の外でぼんやりとしていた。
切株に座り、頬杖を突く。
「危ないよ、こんな所に居たら」
突然、声を掛けられて「きゃっ」と小さな声が出た。
振り向くと、そこに居たのは、レイノルド・ルーファウスだった。
「……感傷に浸りたかったの。すぐ戻るわ」
レイノルドは、すぐに行ってしまうと思った。
けれど、本当に心配しているのか、しばらくじっと空の向こうを見ていた。
「だって……」
シシリーは、まっすぐと前を見たまま、口を開いた。
「さっきの、見たでしょ」
「見たけど」
レイノルドは、まるで興味が無さそうな声をそのまま出した。
「あんな事が気になるなら、告白でもなんでもしたらいいんだ」
シシリーは、レイノルドに冷めた視線を向けた。
自分だって、同じなくせに。
アリアナの事が好きなくせに。
レイノルドと私は、お互い、同じ事を考えている。それが、手に取るようにわかる。
『あなたが告白してくれれば、悩みのタネは一つ減るのに。』
……私はいい。
もう割り切っているから。
告白なんてできる立場じゃない。
それほど仲がいいわけでもない。
こんな感傷に浸るのだって、仕方ないのだとちゃんと分かっている。
憧れていられればいいと、そう、思っている。
だって、しょうがないじゃない。
当の本人はあの調子だもの。
人生の全てがアリアナで回っている。
「あの二人は、恋愛ではないよ」
レイノルドが、独り言のように言う。
慰めてでもくれてるんだろうか。
シシリーはあえて、その独り言のような何かに返事をしなかった。
恋愛感情じゃないかもしれない。
そんな事は、瑣末な事だ。
だって実際、あの人の人生はアリアナが中心なのだから。
わかっている。
わかっていた。
だって、最初からそうだった。
初めて会った時から、あの人は、友達になったあの綺麗な女の子の騎士様だった。
私は“ついで”だった。
けど、初めて守ってもらった時も。
町で荷物を持ってもらうようなちょっとした事でも。
“ついで”のくせに優しくしてもらって。あの向日葵みたいな笑顔を向けられて。
13歳だったあの頃、心を揺れ動かさない方が難しかった。
“私も”って思った。
私も、あの人に守られたい。
叶わない夢だった。あの人には、既に大切な“お嬢様”が居る。
「でも、あの人の近くに居られるからアリアナのそばに居るわけじゃないのよ。私の一番は、いつだってアリアナだから」
まるで大きな独り言みたいなその言葉には、レイノルドからの返事は返って来なかった。
見なくてもわかる。
レイノルドは、きっとつまらなそうな顔をしている。
アリアナ以外には塩対応なんだから。
わかり易すぎる。
もっと早くコイツの存在を知っていれば、私ももっと自分の恋愛を頑張ろうと思えただろうか。
シシリーは、サクッと立ち上がり、レイノルドを見もせずに、宿の方へ大股で歩き始めた。
レイノルドは、やっぱりつまらなそうな顔で、シシリーの後を離れてついて歩く。
レイノルドの魔術師のマントが夕方の冷たい風になびく。
空では、夕陽のオレンジと、夜の紺色が混ざり合う。
手が冷えてしまうわ。
シシリーは、温めてくれる人も居ない自分の両手をぎゅっと握った。
そんなこんなな恋愛風景なのでした。