177 喜ばしくない鬼ごっこ(7)
「いや、ボクは、理解したよ」
ジル・ディールがそう言って、レイノルドが更に警戒する。
「ボクは君となら、国に戻ってもいいと思っている。結婚しないか」
「しません」
即答だった。
アリアナとレイノルド、二人が若干引き気味に体勢を取ると、ジル・ディールは少し押し気味になる。
レイノルドが何かの害虫を見るように、ジル・ディールの事を見ると、アリアナを庇うように抱き締めた。
…………。
アリアナは、咄嗟のことにフリーズする。
「なんなら、君の軍団を一緒に連れて来てもいい」
無理です。
国力的に言っても、他国にあんな優秀な人達を連れて行くわけにはいかない。
王子まで居るわけだし。
それとも、国を乗っ取っていいって事……?
「私では分不相応ですので」
にっこり言うと、ジル・ディールは真剣な顔になった。
「不安に思う事などないよ。君だって、婚約者が居るわけじゃないんだろう?君も、婚約者ではないよね」
そう、レイノルドに向かって言った。
レイノルドは、静かな声で、
「違いますけど」
とハッキリと言うと、ジル・ディールに向かって言い放つ。
「僕が今、婚約します」
「…………?」
その場に居た全ての人間が、何事かと目を見張った。
それは、レイノルドも含めた全員だ。
え……何を…………。
レイノルドは、失言のせいか、あからさまに焦った顔をした。
な……なんて事を言うのよ……。
いくら私を助けようとしたのだって、そんな事言うなんて……。
こんなの、本気なわけない。
そんな空気一度だってなかったし、私とレイノルドは……恋人でも、結婚する関係でもない。
それなのに、一瞬、本気にしてしまいそうになったじゃない……。
かぁっと真っ赤になってしまったアリアナと、そのアリアナの様子を恐る恐る見るレイノルドと、そんな二人に呆気に取られているジル・ディールと。
そんな三人の沈黙で、その場は流れてしまった。
その日の夕食。
その日の夕食には、なぜかジル・ディールとレイノルドも居た。
アリアナも、普段着よりも少しだけちゃんとしたワンピースを着ての夕食だ。
ジル・ディールはこれでも他国の王家の人間なので、無下には出来なかったのだろう。
そのままの流れでまだサウスフィールド家に残っていたレイノルドも、これでも公爵家の人間だ。
同席している両親とアレスとルナの二人も、ジル・ディールのふざけた発言やレイノルドの爆弾発言を知っているはずなのに、まったくその話には触れずに食事は進んだ。
……そりゃあ、どちらも本気ではないのだろうけれど……。
お父様お母様!娘が二人の男性から求婚されてますよ!?
アレスのからかいすらも、何もないのもちょっと寂しくなってしまう。
食事中、ジル・ディールが、いつになくにこやかに話しかけて来る。
「そういえば、アリアナさんは白い布を買いたいと言っていたらしいけど、それはどういったものななのかな」
そんな話?
とはいえ、応対しないわけにもいかない。
「あ、服に使う布で、薄すぎないしっかりした布なんですけど」
「紡績工場に心当たりがあるんだけれど、話をしてみるよ」
「はい、ありがとうございます……?」
思いの外、ジル・ディールとの付き合いは長くなりそうだった。
これで、ジル・ディールさんの話は一件落着でいいですかね。