176 喜ばしくない鬼ごっこ(6)
「じゃあ、掴まってください、先生」
支えるように腕を出す。
「……君は……」
ジェイリーを始めとした周りの騎士達が、俺も俺もと手を差し出した。
アリアナにジル・ディールが運べるわけもなく、仕方がないので猫を抱き抱える。
思ったより小さな、ぐったりとしたその猫は、泥だらけで切り傷だらけだけれど、思ったほど弱っているわけでもなく伸ばす足は力強かった。
足を触ると、やはり血で滑る。
サウスフィールドの医師、オリバーに猫を見せると、ため息を吐かれた。
「お嬢様、猫を助けるのもいいですが、無茶はしないでくださいね」
オリバーには、これまで、何度もお世話になってきた。
事件や事故に巻き込まれ、青ざめさせることもしばしばだ。
ともかく、起きてはいるけれどすっかりぐったりしている猫を洗い、怪我を手当てし、膝に乗せて猫用のミルクを飲ませる頃には、ジル・ディールもすっかり客室のベッドに寝かされていた。
ジル・ディールの前で、椅子に座ったアリアナの膝は、猫が占拠し、すぐ隣にはレイノルドが座っていた。
レイノルドは、アレスの勉強のためにサウスフィールド家を訪ねてきていたが、それどころではないとアレスの方は自習にし、自宅のような態度でそこに居た。
すっかり目を覚ましたジル・ディールは、居心地の悪そうな顔で、サウスフィールド家の医師見習いの一人にお世話されていた。
「ごめん、アリアナさん」
ジル・ディールは、申し訳なさそうに口を開く。
レイノルドの視線が、スッと冷たくなった。
「ボクは、君を誤解していたみたいだ」
「……誤解?」
「子供の頃、命を狙われて、貧民街に匿われたことがあってね」
語りだしたわ……。
仕方なくアリアナは、猫をいじりながら話を聞く顔をする。
「その時から、貧民を助ける事に尽力しているんだけど……あまり評判はよくなくてね。貧民なんて助けても、メリットはないって。奴隷のように扱えないなら、むしろ減らすべきだって、そう言うんだ。それで、地位を捨てることにしたんだ。自由の身になって、世界を見ようと思って。その方が、出来る事も多いし。……偉そうに人民を差別する人間に嫌気がさしてね」
ジル・ディールは話を続ける。レイノルドはすっかり冷めた顔のままだ。
「失礼ながら君の、パーティーの時の姿に……そういうタイプの……金の力で男を買って奴隷のように扱うお嬢さんなのかと思ったよ。それも、顔のいい金持ちや貴族ばかり」
「…………」
金では買ってないわよ……。
「そんな人間はちょっと嫌いでね。実際、どんな人間なのかと思って、近づいたんだけど。男を集めてチヤホヤされているみたいに見えたんだ」
……別に間違ってはないけれど。何せ、ハーレムを作ろうとしているのだから。
アリアナとレイノルドの二人は思う。
なんだかめんどくさい人ね。
なんだかめんどくさい人だな。
「けど、君の剣の扱いを見て、勘違いだったんだとわかった。金のかかったプレゼントなら気にいると思ったんだけど、それも違うみたいだね。猫も……あいつらに火で炙られそうになっているところで、見逃せなくてね。助けてくれてありがとう」
レイノルドが、語りに割って入るように静かに言った。
「勘違いだったんなら、もういいですよね。アリアナにもう、構わないでくださいね」
アリアナを庇うように、レイノルドはアリアナの腕に手を置いた。
レイ……そういう気軽なのやめてよ……。
ジル・ディールさんは、ジル・ディールまでが名前なんですかね。