175 喜ばしくない鬼ごっこ(5)
それからアリアナは、きっと、ジル・ディールと決着をつける日が来るのだと思っていた。
このまま放置しておけば、きっと何か問題を起こすだろうと。
そんな風に考えていた、ある日の事だった。
馬車を降りたアリアナは、サウスフィールド邸に入るところで、ギョッとした。
何か落ちてる……?
それは、人間だった。
バッバッと周りの様子を見る。
は!?
え、何これ。
サウスフィールド公爵邸は、騎士見習いが出入りする事が多い為、守衛は居るものの、門は基本的に開いている。
とはいえ、なぜか居るはずの守衛が二人とも消え、人間が倒れている状況はおかしいとしか言いようがなかった。
「おうお嬢ちゃん」
後ろから野太い声が掛かる。
くるりと振り向くと、この辺りでは見かけない、ゴロツキとでも呼べそうな二人組がナイフを見せびらかしながらこちらにゆっくりと近づいて来る。
は!?
どこから湧いてきたの……。
あまりの状況に言葉を失うけれど、とりあえずあの倒れている人を起こすか。
倒れている人に近づくと、ゴロツキがまた声をあげた。
「そいつはなぁ、俺らのペットちゃんを奪って逃げたわけ」
ペット……?
「お嬢ちゃん悪いんだけどさぁ……。そいつ、悪〜いヤツだからこっちに引き渡してくんない?」
言いながら、ゴロツキ達がパシンパシンとナイフを振り回す。
よく見ると、倒れている人の腕には、猫が抱かれている。
どうやら怪我をしているようで、足の毛が血に濡れていた。
「何……これ……」
こんなの……可愛がってる人の態度じゃないでしょ……。
「本当に……あなた達の猫なの?」
「もちろんだろ。これから遊んでやろうと思っててさ。なぁ?」
「猫、怪我をしているみたいなんですけど」
「んあ?それは可哀想になぁ」
……その言葉は、可哀想だと思っている人の台詞には聞こえなかった。むしろ、加害者の言葉だ。
キッと睨むと、それが合図だと言わんばかりに、ゴロツキどもが飛びかかって来た。
ザンッ。
アリアナが、何か言う暇もなく、ゴロツキの持っていたナイフが煌めき、空へと舞い上がる。
あっという間に、ゴロツキ二人は、鳩尾を突かれ、倒れ伏した。
鞘に入れたままの剣が、ゴロツキの肩を潰す。
どこから飛び出てきたのか、ジェイリーが大立ち回りをしたところだった。
アリアナのすぐそばには、戻って来た守衛が二人、アリアナを守るように剣を抜く。
少なくとも、サウスフィールドの邸内で、アリアナに触れる事など、出来るわけがないのだ。
ジェイリーは鞘に入れたままの剣をそのまま放り投げると、アリアナはそれを受け取る。
スッと抜いた剣は、力強く重い。
そのまま剣先をゴロツキに向け、飛び掛かっていくと、剣を切りつける暇もなく、ゴロツキは二人とも、痛みに喘ぎながら、「ひぐっ……」とおかしな声を上げ、気を失った。
「…………相手をする暇がなかったわ」
冷めた声で言うと、振り返ったジェイリーが、
「お嬢様が自らご褒美をあげる必要はないですよ」
とにっこりと笑った。
倒れている人をごろり、と転がすと、それはジル・ディールだった。
「う……ぐ……」
少し気を取り戻したらしく、こちらも似たような声を上げる。
アリアナはしゃがみ込み、困った顔を向けた。
ジェイリーは優秀な護衛なんですよ。学園ものなのであんまり活躍する場があっても困るけどね。