172 喜ばしくない鬼ごっこ(2)
ジル・ディールの笛の音は、確かに深く、聴きごたえのある音だ。
それからも、音楽の時間は滞りなく進んだ。
一人ずつ演奏していく。
アルノーは宣言通りハーモニカを持参していた。
エリックは、文化祭ではバイオリンを弾いていたので、また聴けるのかと思いきや、ティンパニを引っ張り出してきた。
すました笑顔でパカパカ弾いていく。
……バイオリンと違ってティンパニを習ったことなんてないくせに、ノリがいいんだから。
アイリは、何も持たずにステージに上がる。
「私は、楽器を習った事がないので、歌を歌います!」
ハキハキとした声。
「〜〜〜〜〜♪」
歌詞は無いけれど、よく通る歌声だった。
最後にペコリ、とお辞儀をする。
本当に、ヒロイン気質のある子なのだ。
レイノルドは、無難にピアノを選択した。
レイノルドはそれほど演奏を好むタイプではないけれど、器用に程々できるのだ。
アリアナは、む〜んという顔をした。
負けていられないわね。
アリアナの名前が呼ばれ、席を立つ。
堂々と歩いていった先で、ギターを手に取った。
特別、得意な楽器も無い中で、アリアナがそこそこ触った事のある楽器。
そして、左門が触った事のある楽器だ。
中学時代の左門は、厨二病時代、ギタリストに憧れた。
友人の兄から安く手に入れたアコースティックギターをかき鳴らしていた事もあったくらいだ。
それほど上手くはならなかったけれど、ずっと捨てる事もなかった。
思い出したように引っ張り出して来ては、かき鳴らしたものだ。
ステージの中央に設置された椅子に座り、静かにギターを鳴らす。
左門が持っていたのがアコースティックギターでよかった。
この世界には、エレキギターは無いもの。
ビン、ビビビビビン……ッと鳴らすと、弦の音が響く。
簡単にアルペジオで弾いただけだけれど、みんな拍手を送ってくれた。
そんな風に、授業は、問題なく進んだ。
……考えすぎ、か。
普通通りに進んでいく授業の中で、ジル・ディールはアリアナに絡んでくる事などなかった。
教師だもの、ね。
そう、思ったのに。
え…………。
授業が終わり、顔を上げる。
ふと視線を感じた。
顔を上げると、ジル・ディールが、じっとアリアナを見つめていた。
何……?
人が少なくなった時を狙ってるの……?
きっと……気のせい。
けれど、アリアナがふいっと扉の方に向いたのと同時に、ジル・ディールが動くのも感じた。
ちょっと……!怖……!
「アリアナ」
「あ」
声をかけて来たのは、レイノルドだ。
その瞬間、妙にほっとしてしまう。
「昼食、行こう」
レイノルドと目が合う。
「うん」
隣り合って歩く。
扉を出る時チラリと、ジル・ディールがこちらを凝視している事に気付いた。
色々な楽器があるとはいえ、3分の1くらいはピアノを選ぶようです。