158 万が一、少しでも(3)
それまで、何を話していいかわからず、黙っていた二人だったけれど、それをきっかけに普通に会話を始める事ができた。
「次の劇は、お兄様が出るのよ」
「ロドリアスが出る劇なんて、また声援が凄そうだね」
「主役じゃないからどうかしら」
また、アリアナはくすくすと笑った。
「よかったの?」
「何が?」
レイノルドの唐突な質問に、アリアナはレイノルドの顔をキョトンと眺めた。
「この時間は、……剣術の演舞もあるでしょ?ジェイリーも……そっちだよね」
確かに剣術の演舞には、ジェイリーも、それにハーレムに誘うつもりのシャルルも参加している。
「ああ。けど、お兄様を差し置いて護衛の応援の行ったりしないわ」
「そっか」
そう言ったレイノルドの表情は、どこか安心したようだった。
「演劇なんて、観ることがないから楽しみだわ」
レイノルドは、ワクワクするアリアナの顔を眺め、柔らかな笑顔を見せる。
「僕もだよ。観る機会がなかったし」
「そうよね。私も、剣の試合なら観ることもあるんだけど」
「僕は、剣もあまり観ることはないけど」
「そうよね!」
あははっと笑うアリアナはご機嫌だった。
「もっと前の方へ行く?」
そんな風に気を遣うレイノルドの顔を見る。
「ううん。大丈夫よ」
次の演目を見ない観客達が去って行ったところだった。
二人は後ろの端の方に居たけれど、アリアナはそこから動く気はなかった。
あまり動いて目立つ気は無い。
それよりも、ここでのんびりレイノルドと演劇鑑賞をしている方がよっぽど有意義というものだ。
劇は、シリアスなものだった。
一人の王に翻弄される若者の話だ。
独裁とみなされた王を凌駕する存在になるべく研鑽を積むのだが。
王は多くの愚者を相手取り、全ての人間に剣を突き立てる。そして、それからすぐに病死してしまう。
倒すべき相手を失くし、絶望する若者が、立ち直り、新たな道を歩む決心をするという希望のある話だ。
その中でも、ロドリアスは、その王の役だった。
多くの死者の中立ち尽くす自分の死を確信した王の一人朗々と声を上げるシーンは、この劇の中でも見どころのひとつだと言えよう。
結果、ロドリアスのそのシーンで、くすんくすんと各所から令嬢達の啜り泣く声が聞こえた。
アリアナも例に漏れず、ぐすぐすと涙を浮かべた。
ご令嬢の大半は、ロドリアスのその美しさに心を打たれたものだ。
妹であるアリアナはそういうわけではないけれど、それでもスポットライトの中に佇む王の美しさに心を打たれた。
王〜〜〜〜…………!
王〜〜〜〜〜〜………………!!!
なんて気高いの……。
けれど、この気高さは、誰にも伝わらずに終わってしまうのね…………。
そんな風に涙を浮かべていると、隣からハンカチが渡された。
チラリと見ると、レイノルドの優しい瞳と目が合う。
薄くて深い色の緑。
ハンカチを受け取り、お礼の代わりににっこりと微笑む。
アリアナはハンカチを顔に押し付けた。
涙を抑えると言うよりは、それはどちらかと言えば、どうしても照れてしまう自分を堪える為のものだった。
レイノルドくんは、このデートにこれ以上なく舞い上がっているはずです。