144 形になるべきもの(2)
カランカラン。
扉についた鐘が鳴る。
「あら、ドラーグ!今日はお友達連れてきたのね!」
店に入るなり、仕立て屋リンドウの主人は、嬉しそうに話しかけてきた。
ドラーグは企業秘密だと言ったけれど……、その企業秘密とやらが透けて見えるようだわ……。
リンドウとそんなに親しいなんて、やっぱり顔が広いのね。
リンドウの主人は、髪をきっちり纏めている妙齢の女性だ。
ドラーグを相手に笑顔を絶やさない様子を見ると、なかなか親しいのがわかる。
奥の部屋に通され、話は始まった。
話は、トントン拍子に進む。
「これを令嬢向けの日常服として作ればいいのね」
「ええ」
リンドウさんは、にっこりと微笑む。
「けど、いいんですか?デザインも材料も持ち込みだなんて」
「ええ、もちろんよ」
リンドウさんは、8枚のデザイン画を愛おしそうに眺めた。
「誰かのパターン起こしが出来るなんて、師匠の下についていた時以来よ。なかなかこんな依頼してくれる人はいなくて。けど、他人が作ったものって、どんなものでも、自分には思いもつかない魅力があるの」
アリアナは、そんなリンドウさんが眩しく見えた。
自分でデザインを持ち込むなんて、仕立て屋としてのプライドを傷つけてもおかしくないのに。
好意的に受け止めてくれて、とてもありがたい。
「材料にしても、そう。高級な布を消費してしまうわけにもいかないし。ドラーグが手伝ってくれるなら、百人力だわ」
「実は、」
そこで、フリードが一歩前に出た。
「この2枚は、まだ悩んでいる部分があって」
「あら……」
リンドウさんが受け取る。
「素敵なデザインね」
そのまま、フリードはリンドウさんに相談を持ちかけ、あとの2枚の作業にかかった。
「これはこっちと同じテイストなんですけど」
「なるほど。黒が基調なのね。ダークね」
「ええ。それに、パーツが独特なんです。レースだったり、モチーフだったり」
「素敵なテーマね」
それから1時間。
「こんな風に、帽子に飾りをつけるのはどうかしら」
「……なるほど」
結局、みんなで顔を突き合わせ、残り2枚のデザインが完成した。
オーダーメイドでドレスを作る時には、他で同じデザインを使う事はない。
けれど、今回の日常服は既製品という立ち位置なので、それぞれのデザインで3サイズを3、4着ずつ作ってもらう事にした。
同じデザインがそれぞれ10着ほど。文化祭では、およそ100着の服を準備出来るはずだ。
注文が来るなら、追加で作ってもいいだろう。
既成の服という概念があるにも関わらず、日常服でさえオーダーで作る令嬢は多い。
実際、アリアナの服もほとんどがオーダーで作ったものだ。
どれだけ受け入れられるかわからない。
けど、文化祭という雰囲気や、フリードの女子人気は味方に出来ると信じている。
……このデザインは形になるべきものだものね。
完成した10枚のデザインを眺め、アリアナ達は、緊張まじりの笑顔を見合わせた。
リンドウはあくまで店名で、主人の名前はリンドウではないのですが、アリアナは心の中でリンドウさんと呼んでいます。