142 特別報酬
アレスは、ため息を一つ吐くと、デスクに突っ伏した。
「レイは僕の事を買い被り過ぎだよ」
いつもの勉強の時間。
レイノルドが笑う。
「そんな事ないよ。これくらい誰だってやってる」
そんなレイノルドに、アレスが憤慨した。
「嘘ばっかり!これ、中等科の問題だろ。僕の歳でやる問題じゃないよ」
レイノルドはあくまで明るく言う。
「アレスならできるって見越した上での問題だよ。理解はできたでしょ?」
アレスは問題を改めて眺めた。
「理解はね。けど、理解できる事とひとりで問題ができる事は全然別だよ」
ルナが近くでにこにことその光景を眺めている。
「確かに、曲を研究して理解できても、実際にそう弾けるまでには努力が大事だわ」
「だろ?」
「けど、」
ルナは、なかなか真面目な諭すような顔を作って見せた。
「その理解ができない人もいるわ。理解せずに自分の感覚だけでなんとかしようとする人も。理解できる人のアドバンテージといったら、その人達の比ではないの。理解できる人間は、その後の努力もすべきよ」
「他人事だと思って……」
アレスはがばっと起き上がる。
「これなーんだ」
アレスが掲げたのは、サウスフィールドの印が押してある白い封筒だった。
「それ……は」
レイノルドが目を見張る。
レイノルドには、ひとつ、思い当たるものがあった。
以前、ひとつ封書をもらったことがあるのだ。アレスに勉強を教える特別報酬として。
「そう、これは前にあげたやつの二つ目の封筒だ。またお母様に頼んでやったんだぜ?一つ目は役に立ったんだろ」
「あ……ああ」
それは、アリアナ御用達の仕立て屋の紹介状だった。
以前もらったものは、アリアナが幼児化した際に、アリアナの服を買うのに使わせてもらった。
仕立て屋に頼めば、こちらがサイズを知らなくても、ぴったりの服を作ってもらえる。
紹介状があれば、好みを踏まえた相談にまで乗ってもらえたし、アリアナのサイズに合った既製品の服を何着も即日持ってきてもらえた。
「前のは普段着の店だったけど、今回のはなんと、ドレス専門店だ」
ごくり、とレイノルドが息を呑む。
思わず、手を前に出す。
「ひ・つ・よ・う・だ・ろ?」
アレスが封筒をヒラヒラと掲げる。
「喉から手が出るくらい欲しいだろ?」
ルナも口は抑えているが、ニヤニヤ笑いが止まらないらしい。
大事な姉に片想いしている姿を面白がっているとしか考えられないニヤつき具合だった。
「僕には優しくした方がいいんじゃないかなぁ~。問題はもっと優しくてもいいんじゃないかなぁ〜」
「…………」
冷静さを取り戻したレイノルドが、冷めた視線を向ける。
改めて、テキストを開いた。
「じゃあ、その報酬のために、よりいっそう勉強がんばらないと。毎日来ようか?」
「あ~~~~~!」
アレスが呆れたように言う。
「毎日来たいのは、姉様に会うチャンスを増やしたいレイのほうだろ?」
レイノルドが楽しそうに笑う。
「ほら、問題見てやるから、さっさとやるよ」
ほのぼのな公爵家の子供達なのでした。いつもこんな感じで勉強をしています。