139 アイスをどうぞ
翌日の授業は、なんだか気まずい気持ちでいっぱいだった。
アリアナは、歴史のテキストに顔を埋める。
昨日の夜、ベッドに入るまで泣いていたのは覚えている。
ライトがずっとそばに居てくれた事も。
それも……、朝起きたらちゃんとベッドの上に居た。
うっすら記憶している抱き上げられた腕の中。
あれはジェイリーじゃない。
という事は、ライトが隣の部屋のベッドまで運んでくれたってことよね。
……なんだかんだいって、優しい人なんだ……。
こんなもにゃもにゃした気持ちを引きずっても、いい店は開けないのはわかっているけど、気持ちを切り替えるのはなかなか難しいのだ。
放課後。
会議棟へ行く前に、少しベンチに座る。
もし、レイノルドに会った時、こんな気持ちのままではきっと同じ態度を取ってしまうから。
会議棟までの道。石畳の脇にある石のベンチに腰掛ける。
腰にぶら下げている宝石の付いたキーホルダーがキラキラと輝いた。
雲が流れる空を眺める。
読もうと思って持っている本は、膝の上に置いたままだ。
空を眺めていると、目の前にアイスが差し出された。
コーンに乗せられた、小さめのアイスだ。
「!?」
「ほら、お嬢様」
ふいっと見ると、そこに居たのはジェイリーだ。
「ジェイリー?」
「ほら、早く!溶けますよ」
差し出されたアイスを、ジェイリーに持たせたまま、かぶりついた。
チョコレート味だ。
「どうしたの、珍しいわね」
改めてアイスを受け取る。
「昨日も今日も、なんとなく辛そうでしょ」
「あ……。心配させちゃったわね」
とはいえ、まさか言えるような理由ではないし。
「アイス、ありがとう」
お礼だけを言って、言葉を濁す。
ジェイリーはジェイリーで、バニラアイスを持っており、はむはむと食べ始める。
なんてバニラアイスが似合うのかしら。
どこまでも優しい笑顔は、兄のようでもあり、はたまたベッドで抱いて寝るためのぬいぐるみを思い起こさせる。
「ホントは、」
ジェイリーがおずおずと言い出す。
「泣き声が聞こえてきました」
「あ〜〜〜……、そうね」
「それで、心配で」
「そっか……」
「もし、悩みとかあるのなら、ロドリアス様に相談するとか……っ!俺も……そばに居るので」
「ありがとう……」
まいったわね。
これだと、何も話さないわけにもいかないか。
「けど、相談はいいわ。お兄様は劇の練習があるでしょう?王の役、大変なはずだわ」
ロドリアスは、文化祭には、劇に出る予定だった。
愚者に剣を突き立て弔う役だ。
死者の中で一人、スポットライトに照らされ朗々と声を上げるシーンは、一筋縄ではいかないはずだ。
殺陣の練習だってあるはず。
「それに……、たいした悩みじゃないのだから、大丈夫よ」
「あんなに大声で泣いておいて……」
ジェイリーが眉を寄せる。
「ちょっと……人間関係でモヤモヤする事があって」
すると、ジェイリーの声が小さくなった。
「……いじめとか?」
「ち、違うの!」
大慌てでジェイリーを両手でぺしぺしと叩いた。
「誰も悪くないの。ただ……私が……モヤモヤしただけで」
「モヤモヤ……」
ジェイリーが「う〜ん」と悩んでしまった。
どうやらジェイリーは、人間関係でモヤモヤしたことはないらしい。
「優しいんだけどね。その人は。でも……、どうしても……。嫌なの」
「いや?」
「私に優しいのも、私に冷たいのも。他の人に優しいのも、全部嫌なの」
「…………」
ジェイリーはそのままう〜んの格好を取っていたけれど、その瞬間、誰の事を言っているのかわかってしまった。
そもそも、アリアナがそこまで嫌がる素振りを見せる人間は一人しかいない。
「……昨日、喧嘩でもしました?言い争いがあれば気づいたと思うんですけど」
「いいえ?」
アリアナがキョトンとする。
流石に二人の逢瀬を護衛が知らないはずもなく。
けれど、ジェイリーが知っている事をアリアナはまだ気づいてはいなかった。
仕方なくジェイリーは、ひとつため息を吐くと、ポフポフとアリアナの頭を撫でて終わらせた。
ここでのポイントは、アリアナはジェイリーの腕がどんなだか知っているという点です。