132 その手に握っていたものは
小さなアリアナは、その日、枕に顔を埋めていた。
「どうしていけないの……」
アリアナ・サウスフィールド、8歳。
父親に叱られ、それが余りにも悔しく、枕を濡らしていたのだ。
侍女達も、アリアナが落ち着くまでは放っておいた方がいいと、ホットミルクとキャンディだけを置いて、部屋から出て行ってしまった。
枕をぎゅっと抱きしめる。
レイに家宝の事を話しただけで怒るなんて。
見せたわけでもないのに!
……そりゃあ、宝物庫に忍び込んで見せてあげてもいいかな〜とまでは考えていたけど。
見せたわけでもないのに!!
なくすんじゃなければいいじゃない。
けど、お父様は言ったのだ。
家族以外には見せたらいけないと。
じゃあ、見せたら家族になればいいだけじゃない!
なんでいけないのよ!!
「じゃあ結婚する」と言ったら、それまで冷静だったお父様が、怒り出したのだ。
なんでいけないのよ!!
ごろん、とベッドで転がっていると、窓がコンコンと叩かれた。
「…………」
ぎゅん、とそちらの方を向くと、そこに居たのはレイノルドだった。
コトリ、と音を鳴らして窓を開ける。
「レイ!」
笑顔を見せると、
「しー」
と、レイノルドは人差し指を立てた。
「おっと」
アリアナが両手で口を塞ぐ。
そのまま、耳打ちするように、小さな声でアリアナは言う。
「どうしてこんなところから?一人?」
「うん。家から走ってきたから」
そう言うレイノルドのプラチナブロンドは、汗でキラキラと光っているようだ。
「……え。けっこう遠いのに」
「走って30分くらいだよ」
そう言うと、手に持っていた包みをアリアナに寄越した。
白いハンカチ。
両手で受け取り、開いてみると、中からクッキーが出てきた。
「これ、を?わざわざ?」
「美味しそうだったから、アリアナに食べさせたくて」
「あ……ありがとう」
私が、怒られるのを知っているから、クッキーなんて持ってきてくれたのね。
一人で走って。
「えへへへへ」
にこにこ笑顔が止まらない。
レイノルドのキュルンとしたペリドットの優しい瞳が、アリアナの顔を覗く。
やっぱり、レイったら最高なんだから!
ベッドの上に二人で座り、クッキーをつまんだ。
「明日にでもさ、湖まで行こう」
レイノルドがアリアナに笑いかける。
「うん!」
二人で!?
「エリックも連れて、さ」
「……うん!」
まあ、三人、の方が楽しい……かな?
二人で遊んでもいいんだけど。
レイノルドが、クシャクシャとアリアナの頭を撫でる。
「えへへへへへ」
その幸せは、永遠にそこにあるものだと、そう信じて疑わなかった。
二人で遊びに行けるようになったり、結婚したり、子供ができたり。
そうして形を変えながら、それでも永遠に続く幸せなんだと思っていた。
レイノルドが隣にいない恋愛なんて、ハッキリ言って興味がなかった。
レイノルドが私の隣から居なくなってしまった時点で、私のこの人生での恋愛感情は全て何処かへ行ってしまったんだ。
だから私の人生を最上に楽しむ方法は、有能なイケメンを侍らせて逆ハーレムをつくる。
絶対に、これに限るのだ。
そんな過去話でした。
次回からは文化祭エピソードができるでしょうか。