130 臨戦態勢(1)
「…………」
「…………?」
レイノルドがそのまま黙って立っているので、何事かとじっと見ていたアリアナだったけれど、視線を落としてその理由がわかった。
アリアナの手が、レイノルドのマントの裾をしっかりと握りしめてしまっていた。
アリアナは、スッと手を離すとツンとした顔を作る。
……思わずしっかり掴んじゃってたわ……。
「アリアナは、エリックと安全な場所へ。僕はまだやる事があるから」
レイだけここに残して行けって事?
そんな事、簡単に出来るわけない。
「やる事、って?」
「探知の魔道具。僕が一番使いこなせるからね」
なるほど。
魔道具を使うのにも、魔術師の方がいいってわけね。
「そういう事なら、私が護衛につくわ」
「は……?」
「剣ならここにある。このまま何もしないで帰りたくないの」
「どれだけ大変だったか解ってる?僕だって、護りながらは戦えない」
「あなたが私を見捨てられなかったように、私だって、あなたを置いて帰れない!」
アリアナが決意の表情を見せたところで、エリックがひとつため息をついた。
レイノルドはすました顔をしているが、アリアナのこの言葉で、レイノルドが落ちたのは一目瞭然だからだ。
「…………」
レイノルドがアリアナの顔をじっと見る。
幸いなところアリアナは、一対一の剣ならばそこそこ強い。
「しょうがない。僕が護るから」
「いや、それは俺が」
そこで、エリックが口を挟む。
レイノルドは一度むっとしたけれど、アリアナとエリックが一緒にいるのなら少しはマシだと思えた。
「わかった」
それだけを言って、レイノルドは視線を寄越さないままで歩きだす。
「うん」
アリアナも、小さく返事をして、それについて行った。
敵の数の探知は、魔道具によって行われた。
木製の板の上に、魔法陣が描かれた丸いガラスが嵌っている。
それをどう使うのか、レイノルドはガラスを回し、部屋の中の人数を数えていった。
何が描いてあるのか、わからないほどの細かい魔法陣。
助けに来てくれた時のレイノルドの魔法陣の使い方にしても、学校で習う魔術など、本当の初歩でしかなかったのだと理解できた。
アリアナとエリックは、息をすませ、周りの状況に神経を研ぎ澄ませる。
今はまだいい。
ここは騎士団の中央だから。
気をつけなければならないのは、騎士団の突入後だ。
数人の騎士を置いて、騎士団は前方へ動く。
ここが最後方となるのだ。
……後ろが手薄になる。
もし後ろから掛かってくるとすれば、きっとその時だ。
全体に合図が送られ、静かな進撃が始まった。
息を呑む。
「……!」
200メートルほど後ろの木陰に、人が見えた気がした。
……昨日までの私なら、一人で突っ込んで行ってしまったかもしれない。
流石にもう、あんな醜態は見せられないわ。
周りの騎士達に、そっと合図を送る。
「来た……!」
魔道具という荷物のあるレイノルドを狙って、矢が飛んでくる。
これなら私でも対処できる……!
剣を構え、レイノルドの前に立ちはだかると、
ガンッ!
と音がして、目の前の矢が方向を変えた。
矢尻に騎士団の矢が当たったらしい。
矢を放ち、ドヤ顔をしているのはジェイリーだった。
「…………!?」
まあ、公爵令嬢なのでそうそうガッツリ戦わせてはくれないですよね。