129 誘拐事件!(7)
何かに弾き出される感覚。
まわりに付き纏う熱を感じなくなり、そっと目を開ける。
気づくとアリアナは、星空の下に居た。
「え…………」
転移の魔法陣……?
けど、あれはもっと細かい線が必要なんじゃ……。
混乱する中で、それでもアリアナに回された腕の力が緩まることはなかった。
「…………」
まあ、いいか。
無理やりこの手を離したいとも思えない。
そのまま掴まったままでいると、静かなレイノルドの声がした。
「無事でよかった。もう大丈夫」
「…………」
そうか。
心配をかけてしまったのね。
ぎゅっと、腕に力を込める。
私はこの人を、心配させてしまったのね。
「アリアナ……」
レイノルドの声に覆い被さる様に、
「アリアナ」
と別の声が聞こえた。
「……!」
レイノルドの肩の向こうに、一人の人影が見える。
ひょっこりとアリアナを覗いていたのは、エリックだった。
「あ……」
顔がかぁっと熱くなる。
違うの!
これは転移する為に必要だった格好なの!
それは言葉にならず、心の中で言い訳する。
「無事でよかったね。アリアナ」
そういうエリックは、ほっとしていると同時に、困った様な笑顔だ。
「エリック……」
そのままの格好で落ち着きを取り戻したアリアナは、むすっとした顔のままアリアナから離れようともしないレイノルドを押しやりながら、
「ここは?」
と、エリックとの会話を続けた。
「まだ、盗賊団からそう離れてはいないよ。突入する騎士団の後ろに匿われただけだ」
ぎゅうぎゅうと抱きしめる格好のままのレイノルドの腕の中で方向転換すると、確かに、離れた場所にたくさんの人影が。
その向こうに小さな灯りが見える。
あの小さな四角い建物に、捉えられていたという事なのだろう。
「あ、ありがとう……。助けに来てくれて」
小さくそう言うと、押し黙ったままのレイノルドの腕に、ぎゅっと力が入る。
「…………」
レイノルドがこんなに、甘えるみたいになるなんて。
「じゃあ僕は、」
甘えているのかと思ったレイノルドが、突然そのままの格好で喋り出してびっくりする。
耳元は!やめてよ!!
なんでそう普通の声で喋るのよ!!
「もう少し、アレの手伝いをしないといけないから」
アレ。
というと、あの盗賊団突入の事だ。
「けど、盗賊って……」
「そうなんだ。調査の結果、ヴァドル王国から逃げて来た盗賊団だと結論付けた。アリアナが送られた魔法陣の解析が順調に進んだのも、その調査のおかげだ」
「ヴァドル王国……」
そういえば、ジル・ディール先生が、ヴァドル王国出身なんじゃないかって、思った事があった。
そこへ、そのジル・ディール先生本人がアリアナの視界の端を通ったので、ふと目で追ってしまう。
「……?」
怪訝な顔をしたレイノルドが、頭をくるりと捻った。
レイったら……!
顔を動かすとくすぐったいわ……!!
「ああ、あれは、気にしなくていいよ」
そう言ったのはエリックだった。
「ジル・ディール……。彼は、この盗賊団を追ってこの国に入って来てしまったヴァドル王国の王弟だ」
……え?
「王弟?」
「ああ。地位も名誉も捨てて放浪していた所、盗賊団のいざこざに巻き込まれたらしくてね。結果、逃げた盗賊団を追ってエンファウストに入国したちょっとおかしな元王族だ」
「そうなのね……」
身元がわかっている人だったなんて。
ちょっと疑って悪かったわ。
「自由人、とはいえ、ヴァドル王国から捜索願が出ていてね。うちの国で捕獲して、今アカデミーで捕まえているんだ。教師という立場なら、そうそう逃げられないからね。彼もエンファウストのお尋ね者にはなりたくないだろうし」
……そりゃあそうよね。
能力があっても身元がわからなければ、アカデミーの教師になんてなれないもの。
そこで、レイノルドがすっとアリアナから離れた。
珍しく普通のイチャイチャです。やっとこの程度までは仲良くなれたという事で。