119 ささやかなプレゼント(4)
その夜。
ライトはアリアナの部屋の窓を叩いた。
コトリ、と窓が開く。
「こんにちは。お久しぶりね、ライト」
窓から顔を覗かせたアリアナに、ドキリとする。
昼間に会ったはずなのに、もうこんなに恋しいなんて。
「こんにちは、アリアナ。久しぶりだね」
「しばらく留守にしていたから」
そこで自分の名前が出てこなかった事は少し寂しかったけれど、いつものようにハーレムに関係ない事はあまり言わない方針なのだろう。
足を踏み入れた部屋の中は暖かい。
アリアナの匂いだ。
テーブルの上には、すでにクッキーが並んでいた。
昼間にもらったクッキーと同じものだ。
「美味しそうなクッキーだね」
いつもと同じ調子で、なんともなしに口にした言葉だった。
デスクの上に広がっていたハーレム計画ノートをまとめていたアリアナは、意外な言葉を返した。
「それね、私が作ったの」
にこやかな笑顔。
「…………!?」
ソファに座った瞬間、クッキーに目が釘付けになる。
アリアナが?
これを……?
手作りのクッキーを、持ってきてくれたのか。
でも、昼間は何も言わなかったのに。
クッキーを食べた時、僕はどんな風に言っただろう。
ちゃんと感想を言っただろうか。
昼間言ってくれていればアルノーに1枚だってやらなかったのに。
心の中でこぶしを握る。
なんで、言わなかったんだろう。
……僕には言えなくて、ライトには言える事……。
「美味しそうなクッキーだ。いただくね」
ちょっと落ち込む気持ちを抱えながら、ライトはクッキーに手を伸ばした。
サク、と一口かじる。
目の前には、少し緊張した面持ちのアリアナが座っている。
「美味しいよ」
そう言った瞬間、アリアナがあまりにも気が抜けた顔をしたものだから、ライトも気の抜けた笑顔を返した。
「…………」
一瞬、アリアナが固まった、気がした。
「……?」
感想の言い方がまずかっただろうか。
けど、これ以上褒めるのも間違っている気がするが……。
アリアナは、両手でぐしぐしと髪を直しながら、
「よかったわ」
と一言だけ言う。
その後は、いつも通りだった。
アルノーとお昼を一緒に食べる事になったなど、夏休みの進捗を報告してくれる。
アルノー……。
ほとんど僕と一緒に居るはずなのに。
アリアナに近づくのが、気に入らない……。
そんな話をにこやかに聞けば、その日の内緒の会議は終わりだった。
翌日も、アリアナが屋敷にやってきた。
手土産を受け取る。
今日は、小さなマフィンだった。
「ありがとう」
言ったときの、正面に座るアリアナの緊張の面持ち。
……どうして気づかなかったんだろう。
この表情は、このマフィンを渡して緊張しているからだ。
ということは、これも?
マフィンを手に取り、一口齧る。
「美味しいよ」
そう言うと、アリアナはふわりと笑った。
嬉しそうな、笑顔で、
「ありがとう」
と言う。
昨日も少し引っかかっていた。
どうして手土産を受け取ったくらいで「ありがとう」なのかと。
これは、そういう意味だったのか。
「アリアナ」
「うん?」
「もしかして、これ、手作り?」
聞くと、アリアナが、見た事もないほどに狼狽える。
「そうなの……!私が作ったのよ。形、あんまり良くなかった?味は美味しいでしょ」
言い切ってしまってから、アリアナはツンとした顔を作った。
……可愛い。
「うん、すごく美味しいよ」
「あ……」
アリアナが、潤んだ瞳で嬉しそうに笑う。
抱きしめたいくらいあまりにも可愛いから。
レイノルドはそこで何も言えなくなった。
そんなこんなでハッピーな劇薬エピソードのラストです。
次回からは、新学期で行こうと思います。