118 ささやかなプレゼント(3)
その日の午後、レイノルドとの約束通りアリアナはルーファウス公爵邸を訪れた。
通されたのは、応接室でも、レイノルドの部屋でもなく、魔術の研究室のようだった。
一際広い部屋で、本棚や大きなデスク、この間アルノーが買っていたような魔道具の類も所狭しと並べられており、ついワクワクしてしまう。
真ん中のテーブルには、大きな紙に魔法陣が書いてあり、その周りには設計図のようなものが広がっている。
部屋の片隅に応接セットが用意してあり、アリアナはそこへ案内された。
最初はアルノーとジェイリーが居たけれど、体調に関する質問はプライベートなことだと言うことで、今は部屋の中にレイノルドと二人きりだ。
目の前にはお茶やお菓子が準備してある。
アリアナは、小さな箱を取り出した。
出来るだけ、ツンとした顔を作る。
「これ、手土産を持ってきたわ」
「ああ、ありがとう」
立場上こういった手土産のやり取りは慣れているからか、レイノルドはあっさりとしたものだ。
リボンを解けば、箱の中からは午前中に作ったクッキーが詰められている。
「美味しそうだね」
そう言って、レイノルドは空いている皿に、クッキーを取り出した。
少し、緊張する。
見た感じ変な印象はなかったみたいだけど。
食べてもらえるだろうか。
レイノルドが手を伸ばす。
あまり……凝視しないようにしないと。
レイノルドはアリアナが作ったクッキーを摘み上げ、口に入れた。
「ん」
ん!?
「美味しいよ」
レイノルドが、ふっと笑顔を見せる。
「ありがとう」
アリアナは、口がニヤついてしまいそうになるのを抑えて、出来るだけあっさりとそう言った。
い、言わなきゃ。
これ、私が作ったの、って。
言ったら、喜んでくれるかもしれない。
けど、その手が、止まってしまうのが怖い。
怖い。
怖くて、結局、アリアナはその日、自分が作ったのだと言い出すことが出来なかった。
「それで、結局言えなかったの?」
アレスが呆れた調子で言う。
サウスフィールド公爵邸。
子供達がくつろぐ為の部屋のテーブルに載せられているのは、やはりその日の午前中に作ったジャムクッキーだった。
ただし、ここにあるのはジェイリーが作ったものだ。
「……言えなかったわ」
アリアナは、ジェイリーのクッキーを口に押し込んだ。
口の中が甘さが広がる。
おいしい。
やけ食いのように、クッキーをもうひと齧り。
「ふぅ……」と一つ息を吐くと、ルナのピアノに耳を傾ける。
怖いなんていう気持ちになると思わなかった。
弟と妹は、そんな事どうでもいいというように、すぐに違う話題に移った。
けれど、アリアナに興味がありそうな話題選びをするところをみると、どうやら話を逸らして慰めてくれているようだ。
ルナのピアノも、今日はなんだか穏やかだった。
自分が作った事を言えなかった。
けど、食べてもらえるだけで嬉しいし。
明日も、頑張ってみてもいいかな。
いいよね?
クッキー渡すことも上手くいかない二人。
次回もまだクッキーでもだもだします。