116 ささやかなプレゼント(1)
アリアナは、久しぶりに家に戻った。
家に戻るなり、部屋に押し込められ、公爵家所属の医者、オリバーにみっちりと健康診断をされた。
食事も部屋でとることになり、一人ぼっちでモサモサと野菜や肉を食べさせられる。
魔術系の薬品はプロの専門家の方が頼りになるということで、食事の監督はレイノルドに任されているらしい。
毎日ルーファウス公爵邸に行く事も了承してもらった。
「こんなのこんなのもーう」
一人、モサモサと食事をする。
久しぶりの家の味。
好みを知っている懐かしの味。
けれど、やはり、まだ家族にもろくに会えておらず、静かに寂しさが募る。
ルーファウス邸以外の外出もまだ認められておらず、過激な運動はさけるようにと言われてしまった。
「……そうだ」
屋敷の中の散歩くらいならしてもいい。
という事は、お菓子くらいなら作っていいよね。
公爵令嬢であるアリアナでも、アカデミー生である以上、調理実習程度ならば、料理の基本的な雰囲気は知っている。
その上、アリアナは前世の記憶持ちなのだ。
こういう時は、前世の記憶で美味しい料理が作れちゃったりするものよ。
なんて思ってはみたけれど、どれだけ思い返しても、左門の料理に関する記憶は、実家の家庭の味が並ぶ食卓と、好きなカップ麺くらいのものだった。
どうひっくり返しても、レシピのようなものは出てこない。
う〜む。
なんて思いながらも、公爵邸の調理室へ、ジェイリーを連れてやって来た。
公爵邸の調理室は、いつだって人でいっぱいだ。
午前中の今でさえ、昼食の準備だの、お茶の時間の準備だので調理室はごった返していた。
その人だかりの後ろを通り、隣の部屋へ行く。
中央の厨房の右側が研究用のキッチン。そして左側は、公爵家の人間のために作られたキッチン。
アリアナが向かったのは、公爵家の人間用のキッチンだ。
代々、このキッチンでは、料理が趣味だった公爵や公爵夫人達がお手製の料理を作っていた。
「さて」
最近は、誰かが趣味でお菓子やサンドイッチなど簡単なものを作る程度にしか使っていないはずだけれど、キッチンはキラキラと輝いていた。
道具もきっちり揃えてある。
アリアナは、そんなキッチンで仁王立ちになる。
「どうしよう!」
ジェイリーが苦笑した。
「誰か呼んで来ましょうか?」
そうね、と言いかけたところで、
「おはようございます、お嬢様」
と声がかけられた。
髪を二つにまとめた小柄な女性は、公爵家お抱えのパティシエール、ナルだ。
「ちょうどいいところに来たわね。お菓子を作ろうと思っているのだけど」
「あら、今日のお茶菓子ですか?おでかけなさるって聞いておりますが」
「そうなの。手土産として持っていきたいんだけど」
ナルはにっこりと笑顔を返す。
「恋人的な方ですか?」
「ち、違うわ!レイよ!レイノルド!」
ナルとジェイリーはそのアリアナの顔を見て、微笑ましく笑う。
「そうですね、クッキーなんていいんじゃないですか?」
ナルは20代真ん中くらいのお姉さんです。