115 天井のアルノー
レイノルドの部屋に入ると、アルノーはやはり天井からぶら下がっていた。
どうやら目は覚めたようで、天井にぶら下がったまま、むすっとした顔を覗かせている。
「…………こんにちは、アルノー」
アリアナは、ミノムシ状態のアルノーに声をかける。
なんとか、見上げれば顔が見える程度の高さだ。
「アリアナ、戻ったんだな」
アルノーが少し笑った。
「あなたは……」
アリアナが怪訝な顔をする。
「そんな格好で寝るの?」
これが通常だというなら、ハーレムを作る際にも考慮しなければならないわ。
けれど、アルノーの表情を見るに、そんなわけではなさそうだった。
「寝ないよ……。ちょっとお仕置きくらってて」
「お仕置きね。じゃあ、レイにやられたのね」
「そうなんだよ!もうお腹が空いちゃってさぁ」
とほほ、とアルノーは落ち込んだ顔を見せた。
レイノルドが、アルノーにため息を吐く。
アリアナは、くすくすと笑い声を上げた。
「アリアナちゃ〜ん」
半泣きのアルノーに、アリアナはより一層楽しくなってしまったようだ。
「ねえ、レイ。アルノーにお菓子をあげてもいい?」
「……ああ」
用意されたマカロンは、一口サイズでとても食べやすいものだ。
「けど、手も出ないのにどうやって……」
呆れ顔のレイノルドをよそ目に、アリアナは、マカロンを手に取る。
確かにアルノーはけっこう上の方に吊り下げられている。
けど背伸びをすれば、アリアナでもアルノーの顔まで届くはずだ。
「はい、あ〜ん」
笑顔でアルノーの口までマカロンを持って行った。
「ちょっと待って!」
アリアナの手首を掴んだのは、レイノルドだった。
「……え?」
レイノルドは必死だった。
アリアナは、きょとんとレイノルドの顔を見る。
「どうしたの?」
「それは……、ちょっと」
「あら、けど、お菓子をあげていいって言ったのは、レイでしょう」
「そ、れはそうだけど」
ふいっとレイノルドを振り払ったアリアナが、背伸びをしてマカロンをアルノーの方へ持って行く。
レイノルドは見た。
レイノルドの方に向け、ニヤニヤした勝ち誇った笑顔を向けたアルノーの顔を。
あああああああ。
アルノーの口が、アリアナの指ごと食べるんじゃないかと思った。
アリアナの指が、アルノーの唇に触れる。
「な……っ」
何を見せられてるんだよ、僕は。
レイノルドは、そのまま床にくずおれた。
顔を上げれば、アルノーの嬉しそうな顔が目に入るに違いなかった。
アリアナがハーレムなんて作った日には、毎日こんななのか……?
これは……絶対に阻止しなければ。
レイノルドは立ち上がるなり、冷たい声で、
「アルノー、今日はそこから脱出するのを課題にしてあげるよ」
と言い放つ。
「え……」
アルノーが真っ青になった。
「う……そだろ。ここから抜け出せるわけ……。ちょっ……レイノルド!あああああ師匠ぉぉぉぉぉ」
夕陽に照らされた部屋で、アルノーの声がこだました。
アルノーはレイノルドを尊敬しているはずです。魔術の師匠ですからね。