114 劇薬のそれから(3)
「そっか」
それから、あまり会話はなかったけれど、特別帰れという空気にもならなかった。
……いてもいいんだ。
レイノルドを見る。
もし。
もし、この姿で「おいしいね」って言ったら、笑ってくれる?
この姿で飛び込んでいったら、受け止めてくれる?
「レイ」
「ん?」
「はい、あーん」
フォークに刺さっているケーキのかけらを、レイノルドの前に差し出した。
「!?」
レイノルドが驚いた顔をする。
「……アリアナ?」
……やっぱりダメね。
引っ込めようとしたその時、その手を掴まれる。
アリアナの手を引き寄せると、レイノルドはそのままケーキを口に入れた。
「…………っ!」
アリアナはその瞬間、目が離せなかった。
ケーキを口に入れた口元に。
手を掴んだ、その指先に。
おおおおおおおおおおおぅ……。
び、びっくり……するじゃないの……!
アリアナは、がばっと立ち上がった。
「あ、あの……っ」
手……が…………。
「ん?」
レイノルドは、アリアナの方を見もせずに、簡単な返事をする。
「わ、私、そろそろ帰るわね」
「そう」
レイノルドの返事は、実にあっさりとしていた。
また、視線合わなくなってるし。
どういう事なの!?
「……アルノーにも、挨拶して行きたいんだけど」
「アルノーに?」
レイノルドは、今度はあからさまに眉をひそめた。
「アルノーなら、まだ寝てるかもしれないよ」
アルノーは、まだ天井からぶら下がっているのだろう。
「顔、見るだけでも見て行くわ」
ハーレム候補だし、なんであんな状態なのかも気になった。
「じゃあ、僕の部屋に居るから、一緒に行くよ」
そう言って、二人連れ立って、レイノルドの部屋に行く事になった。
そばに来たレイノルドと、目が合う。
「あ……」
…………え?
レイノルドは、なんだか照れているように見えた。
……まだ、起きた時の事を引きずっているんだろうか。
あんなの気にしなくていいのに。
「そのワンピース」
レイノルドの声は、どことなく緊張しているようだった。
「……似合ってる」
「え?」
ワンピースが、似合ってるって……?
確かに新しい服だけど、どうして突然そんな事……。
もしか……して……。
「このワンピース……レイが選んだの?」
レイノルドは、少し言いにくそうにした。
けど、否定するつもりはないみたいだった。
心臓が高鳴る。
「ああ」
「…………っ」
こ、こんな事で、喜ぶなんて、お門違いかもしれない。
だって、きっと必要だったから選んだだけなんだから。
だって、大きくなってしまってから着る服がないと困るから。
あからさまに、喜ぶなんて恥ずかしすぎる。
けれど、顔が火照るのも、目が潤むのも、もう止める事はできなかった。
「あ……ありがとう」
こんなに喜んじゃダメなのに。
「うん」
けど。
今着ているワンピースと同じ色の瞳が、目の前に見えた。
こんなの……、うっかり勘違いしちゃってもしょうがないんだから。
あからさまに照れてしまい、ふいっと目を逸らす。
レイノルドが、なんだか嬉しそうに笑った。
さて、レイノルドはいつドレスを用意したでしょうか!