113 劇薬のそれから(2)
アリアナは、ルーファウス公爵家のメイドに手伝ってもらい、入浴を終えた。
きちんとした真新しいワンピースに手を通す。
見たこともないワンピース。
落ち着いた黄緑。
……綺麗な色ね。
誰が選んだのかしら。
通されたところは、レイノルドの応接室だった。
……部屋ではないのね。
部屋に入ると、そこには既にレイノルドが待っていた。
「あ……の……」
なんだか言いづらそうにしている。
そこまで気にされちゃうと、私まで照れすぎて何も言えなくなっちゃうじゃない。
「あの……」
アリアナは、ソワソワしつつ、髪を両手でいじる。
「助けて、くれて、ありがとう。私……薬、飲んじゃって……」
「いや、アルノーが持ち帰り損ねたせいだから」
レイノルドが、そこでアリアナに困った顔を向けた。
……やっと顔、見れた。
「あの薬、もともとアルノーが飲んで研究資料にする予定だったんだ」
「え……。じゃあ買い直してお詫びになるかしら」
「ああ、いや。ある程度参考になったからそれはいいんだけど。もしよかったら、あと数日質問に答えてもらえたらありがたい」
「ああ、それくらいなら。何日か泊まればいいの?」
「…………」
ここでレイノルドは一瞬考える。
そうだと言えば、何日か一緒に居られる……。
けど、風呂上がりの姿で自室に居られると困るので、わざわざ応接室なんかで話しているくらいなのに、これ以上近づくわけにもいくまい。
この誘惑に打ち勝たなくては。
「……いや、泊まってる事が噂になるのはまずいからね。毎日来てくれれば問題ないから」
「…………そう」
ふーん、という顔で、アリアナは窓の外を見た。
お茶の時間の後から、結構眠ってしまったから、もう夕陽が顔を出している。
「今日はとりあえず、帰っても大丈夫だよ」
レイノルドがあっさりと言う。
アリアナは、心の中で、しょんぼりした。
元に戻ったから、帰らないといけないの……?
元に戻ったら、応接室にしか通してくれないし。
なんで、こんなに距離が離れるの。
けれど、そんなレイノルドの言葉とは裏腹に、目の前のテーブルには、お茶にケーキにスコーンにと、豪華な準備が始まってしまう。
レイノルドもそこから動くつもりはないらしく、アリアナは、そのままおとなしくケーキを食べ始める。
「おいしい」
ほんとに、泣いてしまうくらいにおいしい。
「ふっ」
と、レイノルドが声を出して笑った。
「?」
「そのケーキ、やっぱり好きなんだな」
「え、うん」
そういえば、このケーキ、昨日の夕食でも食べたっけ。
もしかして、私、美味しそうに食べてた?
「一つ、聞いてもいい?」
レイノルドが、ケーキをつつきながら、アリアナの方を見た。
「うん……?」
「ここ数日のこと、憶えてる?」
「…………」
そうだ。
今、私、ここでどう過ごしてきたのか、レイに一度も聞いてない。
けど、アリアナとしては、レイノルドに甘えまくっていた事を憶えているなんて、言うわけにはいかなかった。
アリアナは、顔に笑顔を張り付ける。
「ううん、憶えてないわ」
レイノルドくんは言葉が足りなすぎるんじゃないですかね?