110 夫婦ごっこ(4)
「じゃあ、任せたよ。ジェイリーは置いていくから」
ひとしきり遊んだ後、そう言ってロドリアスが出て行った。
レイノルドは、アリアナの相手ばかりで、いよいよ疲弊してきた。
それでも、アリアナにご指名され、自ら木剣を持たされると、断りきれない。
アルノーは魔術師役なのだけれど、なぜかキラキラとした杖を持たされていた。
なぜ、魔術師が杖なのかわからないけれど、魔法陣を地面にでも描くイメージなんだろうか。
夕食も、そのまま部屋で三人でとった。
「おっ、一人でフォーク使えるじゃん」
アルノーがアリアナの口を拭いながら言う。
「あたりまえでしょっ」
アリアナが、鼻をふんとする。
「こんな食事風景、初めてだよ」
レイノルドは、すっかり疲弊している。
最初はアルノーがアリアナに触るのも気にしていたレイノルドだったけれど、アルノーがアリアナのお世話をするのを止める気力もなくなっていた。
ありがたいことに、アルノーは子供の世話を軽々とこなした。
散々遊ばされた上に、食事時でもこぼれそうなスープに弾けそうなサラダにと気が抜けない。
「お前の家は、子供居ないからな」
「ああ。むしろ、身近な子供はサウスフィールドの子供達くらいだな」
アリアナが、パンをかじろうとして、噛みきれず、咥えたまま止まった。
「ほら、口開けて」
レイノルドが手を貸してやる。
「よくそんな態度で、アリアナが懐いたな。やっぱ、当時のレイノルドと似てるんだな」
「……どうかな」
「じゃなかったら懐かないだろ」
「……そうかな」
確かに、小さい頃はもっと、距離が近かった。
近すぎて、その姿が捉えきれない光だった。
食事を終え、アリアナを風呂へ入れてやると、そのまままた遊びの時間になった。
床に座り込んだアルノーが、おもちゃの宝石の付いた杖を、くるくると振り回す。
「すわっちゃだめよ、アルノー」
「座って力を溜める魔術なんだよ。いくぞ勇者〜!」
「きゃああああ」
アリアナが、レイノルドの元に飛び込んで行く。
アリアナを受け止めると、キラキラした深い色の瞳が見上げてくる。
「アリアナ、そろそろ寝よう。部屋も準備してあるから」
「えほんよんで!」
寝る準備なのか、アリアナは、そのままレイノルドのベッドにごろんと転がった。
「じゃあ、1冊読んだら、自分の部屋に行くんだよ」
「うん!」
結果的に、威勢のいい返事が守られる事はなかった。
そのままウトウトとしたアリアナの横で、アルノーは既に寝てしまっていた。
「アルノー……、僕はアリアナは運べるけど、お前は運べないよ」
かけた声は空に消える。
絵本に齧り付くようにしていたアリアナも、ごろんと横になって寝息をたてはじめた。
「…………」
アリアナの寝顔を眺める。
幸せそうな顔だ。
小さい頃は、エリックとの三人で昼寝をする事もあったっけ。
「まあ、いいか」
頭をクシャクシャと撫でると、アリアナは眠ったまま、クスクスと笑った。
「おやすみ、アリアナ」
この国魔術師は杖を持ちません。アリアナが杖を持たせたのは前世の影響でしょうか。