109 夫婦ごっこ(3)
楽だったのは、そこまでだった。
小さなアリアナは、外に出たがり、出られないとわかると、部屋の中で、小さな木剣を振り回す。
レイノルドは仕方なく、アリアナの相手をしていた。
魔法陣の描いてある小さなボールを床に叩きつけると、ぽふん、とふわふわの空気の入ったクッションのようなものになる。
アリアナは、そのクッションを渡り歩くように木剣で叩いていく。
アルノーがジュースをすすりながら、その光景を眺めていた。
「こういうのってさ……」
アルノーが独り言のように呟いた。
「うっかり小さくなるのはレイノルドで、俺とアリアナが夫婦ごっこするのがセオリーでは?」
「…………」
レイノルドはそれに返事する事もなく、ただただボールをアルノーに叩きつけた。
想像するのも穢らわしい。
「いって……!レイノルド!!ちょっ、やめ……!!……師匠!!」
「…………やっぱりアルノーに飲んでもらおうかな」
「けどさ、レイノルドだって、アリアナと夫婦ごっこしたいだろ」
「え?」
そんな事、考えた事もなかった。
ふむ、と考えてみる。
アリアナと子供の世話ね。
きっと、アリアナは、子供相手でも剣術の相手をするんじゃないかな。
アリアナとの子供だから、金髪だな。
どっち寄りの金髪になっても、きっとかわいい。
そしたら、毎日アリアナと子供の世話ができるのか。
毎日、朝起きたらアリアナが隣に居るんだろ。
ベッドに広がる金色の髪。
ゆっくりと目を覚ますヴァイオレットの瞳。
「…………」
レイノルドはスッと目を閉じた。
アルノーが呆れた顔をする。
「俺は、レイノルドが何を考えてるのか、手に取るようにわかるぞ」
それからすぐ、アリアナがボールから広がったクッションに身体ごと突撃した時、扉がノックされた。
アルノーが応対する。
「どうした?」
「サウスフィールド家のロドリアス様がおいでです」
「わかった」
「おにいさま?」
アリアナの顔がキラキラと輝いたのも束の間、部屋に入ってきたロドリアスの姿に、心底驚いた顔になった。
布団に潜り、顔だけ覗かせる。
「しらないひと!」
「大丈夫だよ、怖い事はないから」
そう言うレイノルドの後ろに隠れるように、アリアナがゴロゴロと転がった。
「…………これが、アリアナ」
ロドリアスが、目を見張る。
「こんなこと……、いや、確かに記憶の中にあるアリアナそのものだな。ルナにも似てるけど、ルナよりも性格悪そうなんだよ……。かわいいなぁ」
言いながら、眉をひそめているのは、レイノルドと仲が良さそうだからだ。
けれど、ロドリアスが、
「アリアナ、今度は僕と遊ぼうか」
と、手を差し出すと、アリアナが嬉しそうにロドリアスに飛び込んで行く。
「おにいちゃんはけんはとくい?」
「もちろんだよ」
アリアナの頭を優しく撫でると、アリアナが嬉しそうに笑った。
ロドリアスも、レイノルドに勝利の笑みを浮かべた。
「…………」
レイノルドの敗北であった。
アルノーは弟子兼付き人なので、来客の相手やメイドとのやり取りなどもアルノーが行う事があります。