105 小瓶の劇薬(1)
アルノーの荷物は紙袋5つに箱が2つとなかなかに多く、馬車まで戻るのにジェイリーとアリアナの手を借りなければならなかった。
「すごい量だな」
「新しい研究に必要なものと、あと、ついでに新しくする器具な」
「魔術師ってこんなに道具使うんだな」
「作った道具に魔法陣を描く必要もあるからな〜。特に、レイノルドみたいに新しい陣を描くのが仕事な奴はな」
「ほ〜」
「その紙袋、割れもの入ってるから気を付けるように!」
アルノーの声に、ジェイリーが爽やかな笑顔を見せた。
「護衛は守るのが仕事だからな」
「とはいえ、」
アリアナがジェイリーの荷物に手を伸ばし、紙袋を一つ抱える。
「ジェイリーの手はふたつしかないんだもの。一つ私が働いてあげるわ」
ジェイリーが、笑う。
「護衛対象に助けられてしまいましたね」
「私もけっこう強いのよ」
なんて言いつつ、アリアナが持つのは一番小さな紙袋だ。
うんうん、いいわ。
この恩着せがましさ、悪役令嬢っぽいわ。
アルノーの馬車に荷物を載せ、お互いにお礼を言った後、アリアナ達はそのすぐ近くに停めてあったサウスフィールド家の馬車へと乗り込んだ。
アリアナが普段使っている小さめの馬車で、御者はジェイリーが務める。
それぞれの馬車が、ガタガタと走り出す。
「ただいま」
ルーファウス家の使用人に手伝ってもらい、アルノーはレイノルドの作業部屋へ荷物を置いた。
「おかえり」
デスクから顔を上げたのはレイノルドだ。
「悪かったね。一緒に行けなくて」
「いや、これこそ弟子の仕事だよ。依頼に合わせた新しい発想を手伝えるんだから」
「ああ。今、少し設計をしていたところだ」
レイノルドの声を聞きながら、アルノーが、一つ一つ器具を置いていく。
砥石に新しいビーカーに試験管。ペンやインクといった文房具まで色々だ。
けれど、アルノーが、ふ、と手を止めた。
「あ……れ……?」
「どうした?」
その様子に気づいたレイノルドが、椅子ごとアルノーの方へ向いた。
「例の……薬……」
アルノーの顔がさっと青くなる。
「アリアナに……預けっぱなしだ……」
「……」
あの劇薬を……。
こんな時こそ、慌てても仕方がない事を、レイノルドは知っている。
無言のまま立ち上がると、
「馬車で追いかけよう。サウスフィールド家まで行けば、取り戻せるだろう」
と冷静な声で言った。
万が一、飲んだりしたら大変だ。
アリアナは賢いから、基本的に常識はずれな事はしない。
けれど、レイノルドは知っている。
時々突拍子もない事をしでかしてしまう事を。
木の上から飛び降りてみたり。ハーレム作りに没頭してみたり。
急がないと。
けれど、これだけは聞いておかなければ。
「どうして、アリアナと一緒だったの?」
その瞬間、アルノーは背筋が凍るような視線を見た。
アリアナは、馬車に揺られていた。
まだ明るい街が、窓の外に見えた。
人で賑わう、寂しさを感じない街。
それでもやっぱり、買い物は少し疲れるわね。
基本的に、普段はアカデミーと家との往復で、街に出なくてはならない用事はない。
ふと、レイノルドも飲んでいるという栄養剤の事を思い出し、飲んでみる事にした。
紙袋から小瓶を取り出すと、紙で封じてある瓶の蓋をぴっと千切り、ぐいっと飲み干す。
そして、その時、あることに気づいた。
「あら……?」
手元に、紙袋が二つある。
アルノーの小さな紙袋を持ってきてしまったんだ。
返さないと、と思ったその時、手の中にある瓶に気がついた。
紫色の小瓶……。
アリアナの手の中で空になっているのは、確かに紫色の小瓶だった。
店員さんの言葉を思い出す。
そうだ、確かに言っていた。
『こちらは劇薬ですので、取り扱いにご注意ください』
まあ、アリアナなら飲むよね。