100 どうして泣いたの?
コンコン、とアリアナの部屋の窓がノックされれば、それはライトが来た合図だ。
ガチャリ、と小さな音を立てて、窓を開けると、
「こんばんは」
と言いながらライトが入ってきた。
穏やかな時間。
アリアナがお茶の準備をしていると、
「アリアナ……?」
とライトから声がかかった。
その驚いた声には、なんだか聞き覚えがあるような気がして、その好ましい声に振り返る。
ライト。
そうよね、ライトの声よね。
顔を見合わせる。
ライトは、静かにアリアナに近づいた。
心配そうな顔が、アリアナの顔を覗く。
「どうして泣いたの?」
アリアナは、静かなその声を聞いた。
やっぱり、その事を言われちゃうわね。
確かに、今日はずっと泣いてしまったから、目がはれぼったくなっている。
泣いたのが丸わかりだ。
「あのね」
悪い事があったわけじゃないんだと、説明しようと思った。
けれど、アリアナは言葉を失ってしまった。
ライトが、あまりにも心配そうな顔をするから。
なんだか泣きそうな、それでいて慰めてくれるような。
目が、離せなくなってしまう。
言葉を失っている間に、ライトがアリアナに腕をまわした。
!?
それは、抱きしめているとは言えないくらいには、優しいものだった。
慰める為の、その手は、なぜだか温かかった。
目がぐるぐるする。
それもそのはずで、アリアナはこうしてすっぽり包まるように優しく抱きしめられた事などなかった。
これほど優しい手は今まで知らなかった。
まるで、私が唯一大事なものなんじゃないかと思えるような手だ。
両親とも、兄弟達とも違う。
困るはずなのに、振りほどくほどには思えずに、そのままその上質な服におでこを寄せた。
上質で柔らかい服。
シンプルなものを選んでいるけど、どう考えても貴族の服だ。
それもかなり上位の貴族……。
変な感じだ。
誰かの腕の中にいるなんて。
緊張して変な声にならないよう息を整えながら、
「大丈夫よ」
と言ってみる。
声は、思ったよりも小さい声になった。
「悲しかったから泣いたんじゃないの。私の……大事にしているものの手掛かりを見つけて、気持ちが溢れちゃって泣いたの。……だから大丈夫」
「うん、そっか」
ライトはそう言って、それでもそのままアリアナを抱きしめる。
アリアナが泣くなんてあまりない事だから。
そんな時は、出来るだけそばに居たいと思った。
理由はわからないけれど、言わない事をわざわざ聞くつもりもない。
ただ、アリアナが、泣きそうな時に一人で居させたくないだけだ。
けれど、それと同時に、思う。
間違えた……。
今は、ライトの格好なのに、抱きしめてしまって、アリアナもさぞ混乱しているだろう。
とはいえ、元の姿で抱きしめたところで、アリアナは余計嫌な気持ちになるかもしれない。
アリアナのそばで慰める事が優先なら、これも仕方のない事か……。
アリアナの頭をくしゃっと撫でてから、ライトが離れ、アリアナの顔を覗き込む。
先ほどよりは、少し明るい顔になったので、ほっとした。
アリアナは、ライトを見上げた。
「でも、ありがとう」
黒い髪、黒い瞳。
おかしな気分だった。
くしゃっと撫でる手が、なぜだか誰かに似ているような気がした。
そんなこんなで次回からは新エピソードです。