僕に文が書けるのか
駄文と前の話で書いたが,そもそも僕に人に読ませる程の文章が書けるのだろうか.我ながら疑問に思った.国語は昔から得意な方ではあったが,なにせ理系の道に進んでしまったがために小論などの文章に高校以降ほとんど触れていない.実際,たったこれしきの文章を書くのに5分近くも要してしまっている.小説家の方々には頭が上がらない.自身の考えを言語化することのなんと大変なことか.
こんなことを書いている間に一つ思い出したことがある.ほとんどの人が経験したであろうことだ.小学生,特に低学年の頃の図画工作で頭の中で思い浮かべていた完成像と実際に出来上がった作品を比較して悲しい思いをする.今,僕の書いている文はまさにこの通りである.である調を使ってそれっぽく演出してはいるが,どうしたって文才というものは透けて見えてしまう.
駄文にも面白い駄文,つまらない駄文があるのだろう.僕の書いている駄文は明らかに後者だ.誰かに読んで欲しいわけでも評価して欲しいわけでもないが,どうせなら面白い駄文が書きたい.次回からはである調をいったんやめてみよう.どちらが書いていて楽しいかで決めよう.どうせ誰も読まないのだから.