第一試験
「15歳を迎えた諸君!よくぞルグムド騎士団の入団試験へと集まってくれた。君たちの誇り高き志に敬意を表そう!」
入団試験の参加受付を行なった俺は、他の参加者と共に建物の中へ進むようにと促された。
そして言われた通りに進むと、その先は開けた訓練場のような場所に、50名は超えるんじゃないかと思うほど、沢山の参加者が集まっているのが見えた。
(確か採用人数は15人だったはず。つまり、少なくともここにいる4人中3人は落ちる事になるのか)
そう思うと、なかなか険しい道のりに思えるが、今からこわばっても仕方がない。
俺は自分の刻印の力について十分理解しているし、試験内容はどんなものか知らないが、負けない自信がある。
大丈夫だ、うむ!
「本日の入団試験は、3つの試験を通して入団者を決定するものである。
1次試験は、個人の戦闘能力を測るための、参加者対騎士一名の対決。
2次試験は、こちらで選定した2組によって行う、チーム対抗戦。
そして最終試験は、森へ行き指定のものを入手して帰ってくる、採取試験だ。
これら三つの試験を行った後、総合評価によって入団者の決定を行う。あくまで試験の一つに失敗したとしても、それで失格と決まるわけではない為、最後まで全力を尽くすように!」
”それでは、今から1次試験を始める。呼ばれたものは前へ出るように!”
そして、入団試験は始まった。
ーーーーー
最初の試験、それは俺たち入団希望者と所属騎士が一対一で戦う、実力を測るための試験だ。
騎士になると、指令によって様々な任務に就く事になる。
例えば、盗賊を討伐に出たり、主要人物の護衛にあたったり。
いずれにしても、命を落とす危険性がある。
だからこそ、騎士となる者には最低限自分の身を守れるだけの強さが求められる。
「勝敗は、先に一太刀入れた方の勝ちとする。ただ、参加者は勝つ事が重要ではない。曲がりなりにも鍛えられた騎士が相手だからな。たとえ勝てなくても、その素質が見られれば十分な加点がある。だから、果敢に攻めよ。
また、もし15歳になったばかりの入団希望者に負けるような未熟者がおった場合は、後で直々に鍛錬してやる為、ゆめゆめその事を忘れぬように」
最後の一言で、対戦相手となる騎士の表情が一瞬で強張り、急に緊張感が出てきた。
・・・どうやらあの人直々の鍛えというのは、騎士団で恐れられているらしい。
いわゆる鬼軍曹という奴、なのだろうか。
(油断させたままにしてくれたらいいのにぃ)
そして、対戦相手となる騎士の名前と、入団希望者の名前が次々に呼ばれる。
どうやら試験は一人ずつではなく、同時並行で行うらしい。
「シャリム・ナードさん、アドナス・バロゼリアさん、こちらへ」
そして、俺の名前も呼ばれ、誘導された先で騎士と対面する。
支給された木刀を、お互いに構える。
「初めまして、シャリム君。緊張しているかい?」
「初めまして。えっと、まあそれなりにですかね?」
「そうか、”それなりに”か。いい事だね」
「そうですか?」
「ああ、無駄に緊張しても体を強張らせてしまうからね。本来の実力を発揮できないのは、とても勿体無いことだ」
”それでは、試験を始めてください”
隣に立つ監督官が告げる。
「では、無駄に緊張してしまうのと、生意気いう15歳、どちらの方がいいでしょうか?」
「おや、生意気いえる余裕があるなら、そっちの方がいいんじゃないかな?」
「そうですか、わかりました」
俺はニヤリとして一言。
「先輩が後で扱かれても、文句を言わないでくださいね?」
”刻印よ、その距離を無に帰せ”
刹那、俺の姿がその場から消える。
「ほう?瞬間移動系の力か、もしくは透明化の力かな?どちらも戦闘では優位に働くけれど、対策方法がない訳じゃない。その力だけで、僕に勝つのは難しいよ?」
もちろん、仮にもこの国を背負う騎士だ。
この一発芸だけでは勝てるとは思っていない。
メジャーな刻印の力は、大体どんなに強い力でも、対策方法が既に用意されている。
瞬間移動も透明化も、能力としては強いが、どうしても音が発生してしまうため、それによって察知されてしまう。
あいにく俺の力は、別に瞬間移動系でも透明化でもないが、今は相手がそう思う様にあえて仕向けた。
油断している相手の方が、倒しやすいからな!
”刻印よ、その距離を無に帰せ”
一度離脱して姿を消した俺は、再び移動して騎士の背後を取る。
そして、そのまま木刀を振り、一太刀浴びせようとするが、
「ほぅら、音さえ聞いていれば対処できるのさ」
しかし、すぐさま騎士は反転し、手に持っていた木刀で俺の攻撃を受け止める。
「瞬間移動系は確かに強いんだけれど、なかなか応用が効かないのが難しいところだよね」
「そうかも知れませんね」
”刻印よ、その距離を無に帰せ”
再び、俺はその場を離脱して距離を取る。
そこから俺は、接近しては攻撃し、防がれたら離脱と言うのを繰り返した。
相手にどんどん防がせろ。
出来るだけ相手に油断させろ。
俺にはこれ以上手札がないと、相手にそう思わせろ。
それが俺の1番の勝機だ。
「ただ、瞬間移動系は移動し続ける限り、攻撃を受けにくいのが強いところだよね」
「一瞬で離脱できますからね」
「ああ、お陰で相手をするにもいつも困ってしまうよ。試合が長引いてしまうからね」
「先輩が負けてくれてもいいんですよ?」
「バカ言うなよ。君は知らないだろうけど、あの人のシゴキは恐ろしいんだ。おおよそ人間ができる範疇を超えた鍛錬を押し付けてくるんだ」
「じゃあ、先輩がそんな目に遭ってしまうのが、僕は残念でなりません」
”刻印よ、その距離を無に帰せ”
鍔迫り合いをしながら、数回言葉を交わしてまた離脱する。
その時、騎士の中で一つの疑念が生まれた。
(移動する瞬間、どこか別の場所に視線を向けている?)
シャリムが持つ”無”の刻印による移動と、瞬間移動系の能力による移動も、原理的には同じこと。
故に、移動する為に視線を別の場所に向ける事自体は、おかしな事ではない。
おかしな事ではないのだが、
(もしかして、違う能力なのか?何度も防がれているのに、強気な姿勢が崩れないのも、あれは単なる強がりではなく、隠し球があるから?)
シャリムは、あまりにも同じ行動を見せすぎた。
それは相手を油断させる為の行為だったのだが、結果的に相手に油断ではなく懸念を与えてしまった。
しかし、そんな事についぞ気がつかないシャリムは、遂に隠し球を用いて次で仕留める算段を立てる。
(瞬間移動系の欠点は、移動中の風切り音によって移動がバレてしまうこと。だから、音にさえ気をつけていれば、あの騎士は負けないと思っている。だからこそ、”音を無に帰す”力が刺さる!)
”刻印よ、その音を無に帰せ”
この三年間で習得した、新たな無の刻印の力を発動させる。
俺から発生する全ての音を無かった事にする。
そして、その力を発動させたまま、移動の力を使う。
”刻印よ、その距離を無に帰せ”
瞬間移動系の能力では不可能な、無音の接近。
(これで俺の勝ちだ!)
気づかれる事なく、無防備な騎士の背後をとった。
シャリムは心の中で勝ちを確信した。
木刀が騎士へと振り下ろされる。
しかし、シャリムの木刀が命中することはなかった。
騎士が反応して木刀で受け止めたから?
いいや、違う。
騎士の背中から、爆風が発生したからだ!
(なっどういうことだ!!)
爆風は接近したシャリムを容易に吹き飛ばした。
もろに爆風を受けてしまったシャリムは、あまりの熱風に受け身を取ることもできず、地面に倒れ込み無防備を晒してしまう。
そして、その瞬間を見逃してくれるような相手ではなかった。
倒れ込むシャリムの背中に、木刀の切っ先が触れた。
「これで、僕の勝ちだね」
「・・・ははっ、あれは絶対に防がれないと思ったんですけどね」
「いやいや、実際びっくりしたよ。お陰で、使うつもりのなかった能力も使わされたしね」
「あの爆風は一体、なんだったんですか?」
「それは教えられないなぁ。自分の対策方法を教えちゃう様なものだからねぇ」
「それは、そうですね」
それにしても、本当に自信があったんだけどなぁ。
徹底的に油断させたつもりなのに、あれでも対応されるとは。
さすがは騎士団の騎士という事か。
「生意気言ってすみませんでした」
「お?根は真面目なキャラだったのかい?シャリム君は」
「どうでしょうね、戦いの前でハイになってたのかも」
「まあ、でも君は生意気言うだけあって、十分強かったよ。並の騎士じゃ反応できなかったかもね」
「でも、あなたには負けちゃいましたし」
「そりゃあ、そうさ。だって僕は序列5位だからね、並の騎士じゃないのさ」
「・・・はあ?」
序列5位って、騎士団の中で5番目に強い騎士って事か?!!
なんでそんな奴が試験の相手やってるんだよ!
「くくくっっ、いいねぇ、そのびっくりした表情が見たかったんだ!」
「なんで入団希望者の対戦相手なんてしてるんですか!」
「そりゃあ、真実を知った時のみんなのびっくりした顔が見たかったからさ!まあ、掘り出し物がないかな〜っていう表向きの理由もあるけどね?」
表向きって言っちゃったよ。
なんだか、騎士団に対するイメージが変わっちゃうなぁ。
まさか、騎士団はこんな人ばかりじゃないだろうな?
「さてと、僕は次の入団希望者の相手へ行く事にするよ。君は起き上がれる様になったら、医務室へ行くといい。一応手加減はしたけれど、間近で僕の爆風を受けちゃったから」
「あ、火傷の治療って事ですか?それなら大丈夫です」
「大丈夫って?」
「自分で治せるので」
”刻印よ、その傷を無に帰せ”
俺の全身を覆っていた軽い火傷は、瞬く間に消え失せた。
服が燃えたのまでは治らないけれど。
「はっくくっ、ぁははははははっ!君はすごいねぇ!瞬間移動をしたと思ったら、音は消すし、今度は治療もできるなんて!能力のびっくり箱だあ!」
(本当に掘り出し物を見つけたよ)
一次試験は負けてしまったものの、アドナスという序列5位の騎士は、俺に好成績をつける事を約束して、俺は次の試験まで待つように控え室へと案内された。