シャリム、刻印を持つ
刻印、それは人の特性を表したもの。
5歳の誕生日になると自然と肩に現れ、その子供が持つ特性や能力に合わせた1文字が刻まれる。
例えば、武という文字。
高い身体能力・素早い反射神経と動体視力を持つ人に現れ、肉弾戦に高い適性を持っている。
例えば、創という文字。
手先が器用で、かつクリエイティブな発想に富み、物作りに関する職業に高い適性を持つ。
例えば、癒という文字。
他者の気持ちに対する高い共感性を持ち、肉体的な傷にとどまらず、心の傷を癒す事にも高い適性を持つ。
刻まれた文字は、その子供の人生を大きく左右し、15歳になった時の職選びに大きく影響する。
つまり、刻印が刻まれる瞬間というのは、人生において一大イベントなのだ。
なのだが…
俺の誕生日を迎えた我が家は、何故か静まり返っていた。
「…ん?む?むってなんだ」
「なになに?なんの文字が出たの?」
「…"む"だって」
「むって言っても、色々あるじゃん!夢とか霧とか群とか」
「むっ、確かにそうだな」
「ダジャレ言ってないで、早く教えてよ!」
「お前のは、無いという意味の"無"だ」
「…ええ?」
俺の肩に刻まれた刻印は、もしかしたら俺に特性や個性がない事を示しているのかもしれない。
…そんな悲しい事ある?
ーーーーー
最初は戸惑った"無"という刻印だが、実に能力は使いようで、意外と出来る事が多いのに気がついた。
例えば、"無"という刻印は、傷を無かった事に出来る。
癒す・治すではない、最初から傷がなかった状態に出来るのだ。
うむ、これは非常に便利。
なにせ、コケて痛い痛いしても、刻印の能力で傷を無くせるのだから。
それに気がついた日から、俺は森へ魔物を狩りに出かけるようになった。
たとえ負傷をしても、刻印の力で傷を無くせるんだ。
最強じゃない?
そして、今日も今日とて片手にナイフを持ち、森の中を走り回っていると、遠くに兎がいる事に気がついた。
「そういえば母さん、冬支度の為の肉が足りないって言ってたなぁ」
雪が非常に積もるこの一体では、冬の間は狩りに出る事が出来ない。
…いや、正確には狩りには行けるのだが、獲物を見つけても捕まえる事が難しい。
雪に足を取られて、素早く近づく事が出来ないからだ。
まあ、俺にはあまり関係の無い話だけど。
「でも、冬は寒いし、靴もびちょびちょになって気分悪いし、やっぱり蓄えは沢山あるに限るよなぁ」
正直干し肉はあまり美味しくないが、冬の寒さよりはマシだ。
「という事で、俺の獲物になってくれよ、兎さん!」
俺は約30メートル先にいる兎に集中する。
狙撃する銃でも無ければ、到底倒すことは不可能な距離だ。
しかし、俺であれば十分射程圏内。
突然、俺の体がブレる。
もし、この場に他の者がいれば、残像を残して消えたようにしか見えないだろう。
次の瞬間、俺は30メートル先に居たはずの兎の頭上で、ナイフを振りかざしていた。
瞬間移動にしか思えないその距離の詰め方に、兎は逃げるどころか、俺に気がつく事無く、振り下ろしたナイフによって仕留められた。
これが、俺が気がついたもう1つの刻印の使い方。
対象との距離を"無"かった事にする。
つまり、一瞬で距離を詰める事が出来る。
あくまで瞬間移動ではないが、それと同等の使い方ができる訳だ。
「よし、家に置いてもう1匹ぐらい狩りに行くか」
そして、兎を手に取った俺の姿は再びブレて、次の瞬間には家の前にいた。
「かあさーん、兎取ってきたぁ〜」
「あら、助かるわぁシャリム。血抜きしておくから、台所に置いといて頂戴〜」
「はいは〜い、あともう1回出かけてくるからー」
「あんまり無理しないようにねぇ、あと暗くなる前に」
「分かってるよ母さん!大丈夫だから」
そして、俺はまた歩き出す。
ちなみに、便利そうに見える"無"の刻印の瞬間移動術だが、実は扱いが難しい。
まず、ふたつの条件がある。
ひとつは、距離を無かったことにして移動する先を、明確にイメージする事。
ちゃんとイメージしないと、想像と移動先がズレたり、ちゃんと移動できなかったりする。
ふたつは、距離を詰める事は出来ても、離れる事は出来ない事。
理由としては、本質が距離を無くすことにあって、距離をとる事は本質とは正反対の作用だからだ。
つまり、前に出る事はできても下がれはしない、猪突猛進、一方通行ってことだ。
だから、危険な生物相手だと、この能力はあまり過信できない。
多少の傷は無くせても、一撃で死んだり、意識を失ったらどうしようもないからだ。
まあ、正確に言えば、獲物のそばに移動したあと、適当な木々に集中して移動すれば、擬似的に離脱する事は出来るけれど。
しかし、今の俺にはまだ難しい。
そんな感じで、一応"無"の刻印の欠点を上げておく。
説明しておかないと、瞬間移動を本職とする刻印の立つ瀬がないからな。
「さあ、次は何の獲物が見つかるかな!」
"無"の刻印の力を理解し、2つの使い道を編み出した俺。
齢12歳の頃だった。
ーーーーー
それから三年後、俺は15歳になった。
あれ以降も刻印の力を研究し、新たにもう一つの使い方を編み出した。
それは、自分から出る音を”無”かった事にする力。
この力は特に狩りでは非常に使い勝手が良かった。
何せ、俺が力を発動し続ける限り、音で獣に気づかれる事がないからな。
まあ、獣は音以外にも匂いで気付いたりするし、まだ完璧とは言えないけれど。
また、この力にも欠点はある。
音を消したいと思っている間は、力を使い続けないといけない事だ。
俺の力は、発生した音を無かった事にするものであり、発生を抑止するものじゃない。
だから、もし俺が歩く音を消したい時は、足を前にすすめる度に発生した音を、後から消すしかない。
まあ、他にも細かな理由はあるが、理論的なことは今は置いておこう。
そんなことより、15歳を迎えた俺は今、ルグムド王国の王都に来ていた。
俺が住んでいた村よりも大きく、道を行き交う人もまた比べ物にならないほど多い。
壮観だ、こんな世界があったとは・・・。
ただ、街の大きさや人の多さに呆気に取られてばかりはいられない。
俺は足早に目的地を目指す。
15歳を迎えた俺が王都に来た理由。
それはこの国の騎士団に所属するための、入団試験に参加するためだ。
俺は、この国の騎士になる。