異世界へご招待
俺が今から話すことはきっと夢物語だと馬鹿にするものもいるだろう。だが、俺はこの体験をこの世界に残すことに意味があると思う。
この世には異世界があったんだ。
俺の異世界入りの発端は彼女との出会いだった。
俺はとある都市に留学していた。彼女は俺の留学先からすぐ近くの店で働いていた。名はローリーという。最初はただの客だった俺だが、彼女と話すたび日に日に仲良くなっていった。
そんなある日のことだ。何度か店に行ってもローリーの姿が見えない日が続いた。俺は不思議に思って彼女のケータイへ連絡したんだ。
その彼女の返信には驚いたよ。だって、ローリーはこの都市の人ではなく異世界の人だと言うんだ。それだけじゃなく俺にまた会いたいから異世界へ来てくれないかと言ってきた。
俺は目を疑ったが、これは現実だと理解するとともに異常な興奮が込み上げてきた。彼女からもらった異世界切符を握れば、この世界で誰も行ったことがない場所へ足を踏み入れることができるんだ。危険なのも分かっている。何があっても誰も助けてくれないのも分かっている。けど、俺の興奮がもう俺自身を止めることは出来なくしていた。何があっても自業自得、どうせなら思いっきり異世界を楽しんでやろう!
そして、俺は即座に返事した。
そこから異世界入りは早かった。もちろん異世界にバスや電車があるわけがない。とある町まで電車とタクシーで行き、そこからはローリーが連れて行ってくれることになっていた。
俺が乗ったタクシーはどんどんと町を離れ、ついには山や畑しか見えないところまで走っていた。興奮が不安に押しつぶされていることを実感していたが、到着した瞬間にフッと消えた。
彼女だ。ローリーと男2人が俺を出迎えていた。
ローリーは普段より少し芋っぽい格好をしていた。だが、これはこれで可愛い。
「会いたかったわ!無事到着できて良かった!隣の2人は私のお兄さん達よ」
どうやら隣2人は家族のようだ。誰だよと驚いたが、まぁ女1人で来るには無理があるだろう。俺は軽く2人の兄貴に挨拶をした。
さぁ行きましょうとローリーが乗せてくれたのは辛うじて自動車とも言えるような謎の車だった。一応ハンドルとエンジンは付いているが、見た目がまるで馬車のキャビンだ。
そこにはただ運転者の座る場所と荷台があるだけで、窓ガラスなどは一切なく吹きさらしだ。雨の日なんて絶対に乗れはしない代物。
俺の異世界生活はもう始まっていたんだ。
「長旅でお疲れでしょう?私の家はもう少し先にあるから少し兄さん達の家で休みましょう」
「それはありがたい。ところでローリーの家は後どれぐらいなんだ?」
「40分ぐらいかしら」
後40分も荷台にいなければいけないなんて…。正直辛かった。道路整備はスコップでしたかのようなレベル、その上を荷台が走ると結構な揺れが俺を襲っていた。体が宙に数センチほど浮く時がある。異世界入りの洗礼を受けたとでも言っておこう。
それから少し経つとローリーの兄貴の家に着いた。家から兄貴2人のご両親が住んでいて俺を迎え入れてくれた。ここで知ったが、ローリーは一人っ子で、兄貴達は彼女の従兄弟らしい。
玄関から入ってすぐにあるソファーに俺は腰を下ろした。
「こんにちは。ようこそ、待っていたわ。疲れたでしょう?よかったら食べて行ってちょうだい」
お母さんであろう女性は机にあった果物を俺に渡してくれた。りんごだ。俺の知ってるりんごより少し小さめで、味はさっぱりしていて美味しい。初めて口にする異世界の食べ物だが、俺の世界と似ていて少し安心した。生活する上で衣住食は大切だ。
どこから来たの?やら、どれぐらいかかったの?やら、家に滞在中は色々とローリーの親戚から質問攻めにあった。俺はローリーと話したかったが、彼女が入る隙すらない。まぁ、珍しいから仕方ないことだ。
ほどなくして、俺とローリーは親戚の家を出た。
また荷台で揺られる旅が続く。
ローリーとくだらない会話をしながら、俺は荷台から見える異世界の風景を楽しんでいた。
広々とした畑の間に2、3件ほどぽつぽつとレンガやコンクリートで作られた家がある。それらは全て一階しかない。そして、たまに見る街ゆく人々はみな大きな荷物を抱えていた。俺の目にした異世界は長閑な農村だった。異世界は俺から日頃の騒がしい町を忘れさせてくれた。