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カレーライス

 今日は地の日。金の林檎亭は午後休み。

 時間は夕方。明日は一日休みである。


 しかしアイオライトは厨房に立っていた。


 あれを作るために。


 作り方は覚えている。

 虹色の魔法で作った香辛料もある。

 あの魅惑の食べ物。


 そう! カレーライスを!


 カレーライスはこの世界の人達にも受け入れてもらえると思ってはいる。


 虹色の魔法で作った香辛料を使っても、元々が身体にいいものなのだから、使っても問題ないと考えていた。


 さらに大量に作れば、朝から夜までカレーライスを出すことも可能だし、アレンジも広がる。


 が、あの見た目がネックになるのではと、二の足を踏んでいたのだ。


 しかし最近は店の常連客がアイオライトが作る食事の味に慣れてきて、そろそろカレーも受け入れてもらえるのではないかと思い始めていた。

 

 ただ、この世界に生まれてからは一度も作っていないので、店に出す前にちゃんと味を再現できるか試したかったのだ。


 カレーはアイオライトが大好きな食べ物で、前世ではカレールーを何種類かブレンドして好みの味を追求してみたり、百円ショップで買えるスパイスを使って作るお手軽スパイスカレーも何度も作った。


 カレールーはこの世界にはもちろんないので、今回お試しで作るのはスパイスカレーである。


「さて、うまくいくかな~」


 ニンニクと生姜をみじん切りにして炒めて香りを出す。

 玉ねぎを焦げる手前まで炒めて、トマトを入れたら潰すようにさらに炒めて、カルダモン、ターメリック、クミン、コリアンダーに似た香辛料を粉にしたものと塩を混ぜ煮詰める。


 これでカレーの元になる『グレイビー』の出来上がり。


「うわ……たまらんな」


 なんとも懐かしい香りが鼻先をくすぐる。


 グレイビーに鶏ももと水を入れて混ぜ、良く煮込む。

 煮込んだ後、ヨーグルトに似た食べ物のグルトーネを入れてさらに一煮立ちさせて、少し塩で味を調えたら出来上がりである。


 ご飯は先に焚いて準備万端だ。

 サフランライスでも良かったが、まずは炊き立て白飯一択のアイオライトであった。


「ふぉぉぉ、美味しそうな匂い! やっぱり日本人のソウルフードですなっ」


 客がいないのをいいことに言葉遣いが前世のそれとなってしまっていることに気が付かないほどテンションが上がり、一人でニヤニヤして出来上がったカレーを炊きたての白米に乗せる。


 冷やしてある緑茶を出して、店内のカウンターに座った。


「いただきま~……」


 カラン、カラン。

 来店を告げるドアベルが鳴る。


 店に入った時に、表の扉にお休みの札を出していたのだが鍵をかけ忘れていたようだ。


「今日午後はお休みだと思ったんだけど、良い匂いがしてきたからもしかしたらやってるのかと思って」


 そういってラウルがドアを少し開けて中の様子を窺っている。


「あ!ラウルいらっしゃい!今ね、カレーが完成して、これから食べるとこなんだ!」


 カレーが出来上がった嬉しさで口調が砕け気味だ。


 いつもと違うアイオライトの口調にラウルがびっくりした顔をしているのが分かった。

 いかんいかんと頭を振って言い直す。


「ちょっとテンションおかしくて、すみません。お店で出そうと思っていた新作の試食が丁度出来たんです。もしよければ食べていかれますか? お口に合うか分かりませんが」


 なるべく丁寧な言葉で言い直す。


「今日は連れも一緒なんだけれど、平気?」

「お連れ様はおひとりですか?」


 ラウルが扉を大きく開けると、後ろに一人、銀縁眼鏡の少し目つきの鋭い男性が立っていた。

 銀髪の長めの髪を後ろで一つに緩く纏めていて、アイオライトから見ると出来る男感が凄い。


「こんにちわ。君がアイオライト?」

「はい。自分がアイオライトです。初めまして、金の林檎亭へようこそ」

「丁寧にありがとう。私はリチャード、ラウルの同僚です」


 先ほどまでは鋭い目つきだったが、挨拶をすると少しだけ眼光が優しくなった、気がする。


「ラウルさん、お水とお茶、どちらにしますか?」

「ありがとう。えっと、お茶にしようかな」


 冷たいお茶を二つテーブルに置き、ちょっと待っていてくださいね。と声をかけ厨房に入る。


 グレイビーは先ほどちょっと多めに作ってしまったので、二人分ぐらいは問題ないだろう。

 鶏肉は自分の分しか解凍していないので、二人の分は明日の使おうと思って解凍していた葡萄牛を使って二人分のカレーを作る。

 葡萄牛はワインを作る時に出るかすを餌に混ぜて飼育していて、この地域の特産牛だ。

 リーズナブルな価格だが赤身が意外にジューシーなので、金の林檎亭で作るハンバーグはこの葡萄牛を使っている。


「そういえば、お二方とも辛いのは大丈夫ですか?」

「辛いものは俺もリチャードも大好きだよ。アイオライト、せっかくだから一緒に食べよう」」


 ラウルの声に頷いて、アイオライトは出来上がったカレーを二人の前に置き、自分も椅子に座った。


「これは、匂いは良いが、なんとも……」

「いやリチャード。この店で出るものに変な食べ物はない」


 そう言いつつも、ラウルも躊躇気味だ。

 そうなんだよな~、ちょっと色がね、と思いながらもアイオライトは構わず自分のカレーにかぶりつく。


「くー!これこれ!」


 たまらなくなって声を出してしまう。


 それを見ていたラウルは意を決したようにスプーンをカレーに入れる。


 口に運び入れると同時に、そっと瞼を閉じ、静かに咀嚼を始めた。


 ふるりと体が震え、瞼が再度開くと同時に何も言わずさらにカレーを食べ進める。

 それを見ていたリチャードもカレーを口に入れた後、ずっと真顔でカレーを食べている。


「あ、あの」

「今は、話しかけないで」


 味がどうか、気に入ってもらえたのか知りたくで声をかけたのだが、ラウルには話すことを拒否され、リチャードに至ってはちらりと顔を向け、すぐにカレーに目線が戻ってしまった。


 おいしい……と思って食べているのか、口には合わないけれど出されたものだから懸命に食べているのか、二人の表情からはまったく読み取ることが出来ない。

 香辛料が効いてきたのか二人共少し顔が赤らんで、さらに額に汗が見える。

 自分も汗をかいて首筋を汗が伝う。


 暑い時期に食べるカレーも美味しいはずなのだが……


 でも受け入れられなかったら店では出さず自分でまた作って楽しめばいいし、問題ないかな。


 気を取り直して自分もカレーを食べ進めることにした。


 久しぶりに作ったが、カレーは美味しい。次はジャガイモもいれよう。

 

「ごちそうさまでした」


 少し辛い口の中を、冷たい緑茶で潤し、二人の様子を再度伺い見る。

 皿の上には何も残っておらず完食してくれている。


 が、二人とも皿を見続けている。


「あの、どうでした? 美味しかったら店で出そうと思っていたので感想を聞きたいのですが」


「この食べ物は、なんだい?」


 リチャードが質問する。


「カレーです」


 何か英語の教科書のような会話になってしまったが、間違いではない。


「アイオライト、これは、これは、禁断の食べ物だ」


 ラウルが沈痛な面持ちでアイオライトを見る。


「辛い、のにその奥に甘さと旨味を感じる。辛い、甘い、旨いの連鎖だ。これならば、飲める」


 カレーは飲み物です。そんな言葉も流行ったな……。今世でもそれを聞くとは、と心の中で思う。


「そうだな。カレーと出会た今日という日を、神に感謝せねばならない」


 緑茶を飲み干し、大げさにリチャードが言うが、ラウルも首を大きく縦に振っている。


「そんな大げさな。でも気に入ってもらえてよかったです。これでお店に出す決心がつきました。そんなに難しくないので、来週からでも新メニューにしようと思います。試食していただいてありがとうございました」


 食器を下げてもう一度冷えた緑茶を出す。


「凄く美味しかったよ」


 カレーの余韻に浸っているのか、ラウルのまだ頬が赤い。


「ラウルさんのスペシャルメニューは予約制ですけれど、カレーは通常メニューに出てればいつでも食べられますから、またよかったら食べてくださいね」

「うん。そうする」


「ラウル、そろそろお暇しなくては」


 リチャードの声に促されてラウルが席を立つ。


「あ、お休みなの食べさせてもらっちゃって、ごめんね。ありがとう。さすがに今度からはお休みの日は来るのを遠慮するよ」

「え?いいですよ。食事できるかはその時によりますが、家にいるときであればお茶ぐらい出しますから」

「来ていいの? いや、まぁ、通りかかってアイオライトがいる様なら是非。じゃぁまた」


 そういって二人は金の林檎亭を後にした。


「ラウル、あの店だな」

「そうだよ。この前父上に話した料理屋だよ。旨かったろ?」

「確かに、旨い。しかし」

「しかも、アイオライト、いい奴だろう? 休みの日なのに食事出してくれて」


 店主は青年だ、とラウルは言っていた。

 声はハスキーで低めではある。


「ちょっと小柄でさ、細身だから女の子に見えてびっくりとすることもたまにあるけど」


 しかし自分より少し年下、と言うには小柄すぎないだろうか。

 いや、ちょっと面白いことになりそうだな。


 リチャードは、延々とアイオライトの凄いと思っているところを興奮気味に話す、恐らくわかっていないであろう自分の主に相槌を打ちつつ、口の中に残るカレーの香りを堪能し宿までの道のりを歩いた。

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