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りんごのおうちのチョコクッキー

「ねぇ、知ってる? このお店の店長さんから直接ピュアハートを買った時に恋の魔法をかけてもらうと、絶対に告白が上手くいくって言うジンクスがあるの」

「知っている! でも、最近その噂凄い聞くけど、本当なのかな……。恋の魔法なんて聞いたことないしさ」

「本当だって! ラウル様とアイオライト様のご成婚も、そのチョコレートがきっかけだって月刊アルタジアに書いてあるもん! ほら!」

「え? 月刊アルタジアに? ほんとだ!! 信憑性高い!」


 まだ朝の八時少し前。

 

 女の子二人がアルタジアの城の南側にある、『りんごのおうち』という小さなパン屋を少しだけ遠くから見ながら、最近アルタジアで大人気の月刊情報誌『月刊アルタジア』を手に、店に入るかどうか迷っていた。


「でも、ここパン屋って書いてあるよ? それにカレーの匂いするし……。本当にチョコレート売ってるのかなぁ」


 外に漂ってくる香りは、甘い香りではない。


 流行りものに敏感な二人の女の子は、最近アルタジアの城下街で流行っていると言うカレーを王城近くの喫茶店で食べたことがあったので漂ってくる匂いがそれだとすぐに気が付いた。


 中の様子を窺っていると、その店の中から紺色の髪に黄金色の瞳、少し背は低いがとびっきりの美少年が、立て看板を手に外に出てきたのが見えた。

 快晴の空を見上げて、大きく背伸びをすると、二人の視線に気が付いたかのようにニコリと笑ってくれた。


「うわ……。凄い格好いい店員さん……」

「あ……、こっち見て笑ってくれてる!」


 その笑顔に導かれるように、二人が店の近くに寄っていくと、香辛料のいい匂いに交じって、少し甘い香りが漂っていることに気が付いた。


「おはようございます。りんごのおうちへ、ようこそ。二人共うちに来てくれるのは初めてですよね。来ていただいて嬉しいです」

「あ……、はい。おはようございます」

「今、カレーパンが揚げたてなんですよ。開店にはまだ少し早いのですが……、良かったら試食してみませんか?」


 カランカランと、心地のいいドアベルが聞こえて、二人は促されるままに店内に足を踏み入れた。

 小さな店内かと思ったが、中は思ったよりも大きく、イートインスペースもある。


「こちらのお席へどうぞ。お茶は、冷たいのと温かいの、どちらがいいですか?」

「では温かいのでお願いします」

「わかりました。少々お待ちくださいね」


 美少年が店内から厨房の方に向かい、お皿に二口ぐらいで食べられるように切られた中におそらくカレーが入っているカレーパンとやらと、湯気は立っていないが手に持つと温かさのわかるお茶を持って、戻って来た。


「カレーが辛い人は、熱いお茶だと余計に熱く感じてしまうので、ぬるめのお茶にしてありますから。それでも辛いようでしたら冷たいのをお持ちするので、遠慮なく言ってくださいね」


 ごゆっくり、とニコリと微笑みかけてまた厨房に向かって行く後姿を見ながら、二人がカレーパンを口に入れる。


「やば、あの店員さんめちゃくちゃかっこ可愛い!」

「うんうん!」


 本人には聞こえない程度の小さな声で、ちらちらと見ながら二人は出されたさらに手を伸ばし、一口だけ口に含む。

 ゆっくり味わうように咀嚼し、飲み込むと、思わずため息が出た。


「……。この前喫茶店で食べたのと、カレーが全然違う」

「辛いのに、すっごく美味しい」


 あくまで二口しかない試食では満足できず、二人は急いで一つずつ、店頭に並んだばかりのカレーパンを追加で買うことにした。


「すみません! 美味しかったので一個ください!」

「? あ、ありがとうございます。気に入ってくださって嬉しいです」


 またもニコリと優しく微笑みかけられ、二人共照れるように下を向いてしまった。

 が、どうしても聞きたいことがあったので、二人の内一人が意を決したように美少年に質問を投げかけた。


「あの、このお店でピュアハートって売ってますか?」

「ぴゅあはーと? ですか? なんだろ」

「ハートの型をした……」


 もう一人もレジの傍にいた美少年に、ずずいと詰め寄りながらもカレーパンの代金を支払いながら、そのチョコがあるかを聞く。

 二人も現物は一度だけ、見せてもらっただけだが、あの可愛いビジュアルであれば告白も確かにうまくいくと思ったものだ。


「んー、少し待ってくださいね」

 

 そう言って、店の奥の厨房から可愛らしい箱を三つ持って戻ってくると、二人の前に置いて、うち一つの箱を丁寧な仕草で開け中身を見せる。


「これの事ですかね。そう言えばカリンちゃんがバレンタイン商戦がどうとうかいってた気がするな……。このクッキーの名前はチョコクッキーだって言ったのに……」

「「それ、それです!」」


 それはハートの形のクッキーにチョコレートコーティングしたお菓子で、最近よく買われていくな……と思っていたのだ。

 みんな、告白が上手くいくように願ってくださいと言われるのが不思議で、その都度頑張ってくださいねと伝えてきたのだが……


「やっぱりこのお店なんだ! あの、このお店の店長さんは……」


 かなり前のめりな二人に若干気圧されながら、目の前の美少年が言う。


「あの、自分がこの店の店長です……」

「!!!! 告白が上手くいくように願ってください!!!」

「え? はい。お二人共告白が上手くいきますように」


 そう伝えると、声にならない声で悶絶し始め、早口で二人で何かを話し始めたところで、奥の階段から長身の金色の髪に瑠璃色の瞳の青年が降りてきた。

 目の前の美少年とはまた違う美青年の登場に、二人共口をつぐんだ。


「アオ、おはよう」

「おはようございます。ラウル」

「あ、お客さん? いらっしゃいませ。うちのカレーパン凄く美味しいんで、また買いに来てくださいね」

「えぇ、また来てくださると嬉しいです」

「あ、そうだラウル。マークとリリのところ、赤ちゃん産まれたんですよ! 女の子だそうです」

「本当? 今度お祝い持って行かなくちゃね」

「はい!」


 ただの……というのもおかしいが、なかなかにいないがただの美少年と美青年、のはずだったが、お互いを呼ぶ名前に、少女二人がびくりと反応してしまう。


「えっと、ラウル様と……、もしかしてアイオライト様でしょうか」

「はい。自分アイオライトと言います。名前を知っていただいているなんてびっくりです」


 えへへ、と目の前にいるアイオライトが照れ笑いをしているのを、ラウルが目を細めて愛おしそうに見ている。

 見ているだけで、ラウルがアイオライトの事をとてもとても大事にしている事が分かる。


「知っているも何も……」


 二年ほど前に婚約が発表されアイオライトが二十歳を迎えた昨年に結婚。

 二人の結婚式と披露宴は、こぢんまりと身内だけで行われた。

 アイオライトの両親がヴィンスとジョゼットであることも広く国内外に知られるところとなった。


 次期騎士団長候補であり、アルタジアの第三王子であるラウルの結婚である。

 国民へのお披露目をしないわけにはいかないと、結婚パレードが行われ、広く国民に二人の顔が認知されたのだ。

 

 アイオライトのその容姿は、結婚式用に綺麗にメイクされ、可憐な少女そのものであったが、今目の前にいるのは完全なる美少年である。


「化粧で変わるってよく言われます」


 またえへへ、と人懐っこい照れ笑いをしているが、変わりすぎじゃね? と頭をひねることしかできない。


「チョコクッキーも買って行かれますか?」

「はい。あの、アイオライト様、お伺いしてもよろしいでしょうか」

「? いいですよ? それにそんなに畏まって話さなくても大丈夫ですよ」


 恐れ多い、と思いながらも、目の前の本人から可愛くおねだりされては断り切れない。

 しかし、そこまで砕けた口調にはならないように気を付けながら


「ラウル様とアイオライト様が結婚されるきっかけになったのは、このピュアハートだって月刊アルタジアに書いてあったんですけれど、本当ですか?」


 一瞬何の話をしているのかわからない、と言った顔をしたあと、一言アイオライトがぽつりと小さな声で「カリンちゃん……。捏造、ダメ、絶対……」と言ったが、二人の女の子には聞こえなかったようだ。


 月刊アルタジアは、エレンが演劇情報誌とタウン誌を一つにしたような雑誌を作りたくて、カリンと一緒に作っているのだが、二人してチョコレートを広めたくてアイオライトとラウルの話を捏造したようだ。

 いや、チョコをあげたことがあるのは間違いないのだが、初めてラウルに渡したのはオレンジピールのチョコレート掛けだ。決してこの店で売っているチョコクッキーではない。


 プレッツェルのチョコ掛けが爆発的に売れ、この数年で人気のお菓子になった。

 次は何か付加価値があるものを売り出したいのだろう、愛の告白にアイオライトとラウルの恋愛成就の付加価値を付けて、チョコクッキーを売り出したいようだ。


「う~ん……。チョコを渡したのは本当なんですけれど、このチョコとは……」


 アイオライトがそう口にすると、カランカランと扉が開いた。


「ちょっと、だめよアオ! 言っていい事と悪いことがあるわ。ここはそうですって言わないと」

「あ、カリンちゃん。ダメじゃん、捏造しちゃ」

「捏造じゃないわよ……。ドラマチックと言って頂戴」


 ぽかんと口を開けた女の子二人をちらりと見ると、カリンはその手に持つ『月刊アルタジア』を目にしてニコリとほほ笑んだ。


「愛読していただいてありがとうございます。これからもいいものを作っていきますので、また読んでくださいね」

「おは、アオ。カレーパン一個、よろ」

「朝からカレーパン重たくない? 私はサンドイッチにするわ」

「わっちはカレーパンとメロンパンね」


 二人の口からヒュッと言う声が聞こえたが、その後に続いて店内に入ってきた人たちを見て、さらに息を呑んだ。


 そこに一緒に入ってきたのは、今やアルタジアで飛ぶ鳥を落とす勢いで色々な発明を発表しているリコと、今のファッション界のカリスマのレノワール、演劇集団の主催者であるエレン。


 全員月刊アルタジアの記事で読んだことがあるし、その写真も見たことがある。


「はいはい。じゃぁ好きなの持って、奥のテーブルで食べてね。今はお店にはお客様がいらっしゃるから」

「えー、私達だってお客様なのに」

「何いってんの。ほら、邪魔になっちゃうからっ、早く! 本当にすみません……。ゆっくり食べられないですよね」

「「と、とんでもございませんっっ!!」」


 謝るアイオライトに、女の子二人は真ん丸だった目をさらに大きく見開いて、その奇跡のような光景を目に焼き付けようと必死である。

 今のアルタジアで、知らない人はいない五人が目の前にいるのだ。

 

「これに懲りずに、また来てくださいね。ではごゆっくりどうぞ」


 ニコリと笑う美少年、もといアイオライト。

 それを見てさらに優しく笑うラウル。


 それをそのさらに後ろから、やれやれと言う顔で、だけれども優しい顔で見つめるリコとカリン、レノワール、エレン。


「私達も、あの人達みたいに、ずっと仲良しでいようね……」

「うん。そうだね」

「「ごちそうさまでした。また来ます!」」

「はい。またいつでもいらしてくださいね。お待ちしております」


 女の子二人が、硬い友情を確かめ合い、店を出るの見送ると、アルタジア城下町の常連達が、店に足を運ぶ時間がやってきた。


 カラン、カラン……


 今度のドアベルの主は、カレーパンの猛烈なリピーター、リチャードである。


「ラウル様、もう出かける準備はお済ですか? まだですね? ではアイオライト、カレーパンを揚げてください」

「俺、もう準備終わってるけど?」

「ラウル。私のカレーパンの為に三十分かけて準備してください。では中で待たせてもらいます」

「いや、だから……」

「いえ、間違いなく準備にあと三十分はかかります」

「ちょっっ!」


 文句を言うラウルを連れて、有無をも言わさずリチャードが店の奥に向かう。


「リチャード氏、カレーパン好き、だな」

「一番はカレーライス、次がカレーパンだな」

「カレーがワンツーじゃん!」


 店の奥から、楽しげな会話がアイオライトの耳に届く。

 自然と、顔が綻んでくる。


 みんなと一緒なら、どこででも楽しい。


『だから待ってて。うちら、血よりも濃い絆で繋がってるから、絶対また会える』


『安心して約束の場所で待ってればいいよ』


 あの日、金色の光に包まれながら約束したことが思い出される。


 『みんなで、穏やかな、飛び切りのスローライフしよう! 待ってるから!』


「はは、穏やかなスローライフとはいかなさそう」

 

 アイオライトが奥で聞こえる大きな笑い声を、愛おしい気持ちで聞きながら転生前の記憶を思い出していると、またカラン、カラン、とドアベルが鳴る。


 今日のアルタジアは快晴。

 朝から楽しい事が沢山で、良い一日が始まる予感しかしない。


「おはようございます。金の林檎亭……じゃなかった、りんごのおうちへようこそ。どうぞごゆっくりお選びくださいね」


-おわり-

一旦完結となります。

拙い文章ではございましたが、たくさんの方にお読みいただけて嬉しかったです。

ありがとうございました。

この物語の結婚するまでの間の話や、続きは番外編の方で地味に続けていこうと思います。


そして、次の新しい物語を準備しておりますので、またお会いできれば幸いです。


皆様の今日が、楽しく幸せでありますように!

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