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ホットバナナチョコレート

 アイオライトとラウルは、じっと向かい合ったまま微動だにできないでいる。


 何故なら、アイオライトとラウルは一本のプレッツェルの両端を口に入れているからである。


 目線はお互いから外してはいるが、たまにチラチラと様子を伺いながら前にも後ろにも進めないまま、たまに今の状況を思い出したかのように顔を赤くしている。


「ぱくっと食べちゃえば、いいんだって」

「それで、チュッとしちゃえばいいのよ」


 先ほど作ったプレッツェルのチョコがけをポリポリと貪り食べながら、カリンとリコが言うと周りにいたレノワール、エレンまでもがそうだそうだと囃し立てた。


 イシスから戻ると、すでに最適なプレッツェルが選ばれていて、今か今かとチョコを溶かすのを急かされ、ただいまアイオライトとラウルがプレッツェルチョコレート掛け、例のゲームの絶賛生贄の真っ最中である。


「しかし、これは癖になるな」

「そうですね。手も汚れず綺麗に食べることができるのも素晴らしいです」


 ゲームを微笑ましく見ながら、アシュールとユクタも美味しさと食べやすさをベタ褒めである。


 もちろんちゃんと持ち手のところにチョコはつけずに、手で持てる。


「そうだ! グラスと生クリーム持ってきてもらっていいですか?」


 カリンが急に何かを思いついたのか、侍女に声をかけるとすぐに持ってきてくれる。

 グラスにプレッツェルのチョコ掛けを入れて、カリンが満足そうに笑う。


「これをね、例えば舞踏会かなんかで置いておくわけよ。硬めにホイップした生クリームかアイスを添えておくとまたおしゃれじゃないかしら。あ、お酒とかに入れても良いわね。チョコでコーティングされてるから、プレッツェルもふやけないし」

「いいね、いいね」

「それにしても……」


 話はしっかり進んでいたが、アイオライトとラウルの間は一ミリも近づいている気配はない。


「こう言うゲームであると言うのもわかりました。なにより面白いものが見れましたから、今日はこの辺で勘弁してあげましょうか」


 見るに見かねてのはずのリチャードが、笑顔でその間に入りプレッツェルの真ん中あたりをポキリと折った。

 全く動く気配がないまま、二人が赤くなったり青くなったりを繰り返しているのを見ていたのだが、進展する様子がない二人に対するリチャードの優しさでもある。


「あっ……。すまん、リチャード」

「ぷはーっ! ありがとうございます」


 ようやく解放された二人は、折れたプレッツェルを食べながら、張りつめていた緊張の糸が切れてようやく腰を下ろした。


「これ、かなり緊張するゲームじゃない?」

「は? そう言うところがヘタレって言われるんじゃないのよ」

「へたれ……」

「色々あった男とは思えないほどヘタレ!」


 一緒に車に乗ってイシスからやってきたエレンにさんざん言われている。


「こういう時は、男側からガンガン食べていって、その瞬間じっと見つめて奪っちゃえばいいのよ」

「いや、だってみんな見てるし」

「みんなって、舞踏会の時大勢の前でチューしちゃったんでしょう?」


 ……。

 当日現場でそれを見ていた全員が、確かに、という顔をしているのを、ラウルも渋い顔で見返してしまう。


「それとこれとは違うし。そういう時はさ、雰囲気も大事だって言うだろ」

「雰囲気って?」

「二人きりの時に、甘く優しく……、とかさ」


 ラウルがそう言うと、エレンが自分の膝をバンバン叩きながら地団駄を踏むと言う物凄く器用なことをしている。


「かーっ! 乙女! 乙女が過ぎる! どこの乙女ゲームの主人公や」

「おとめげーむ?」

「そこはスルーしてよかよ。はぁ、夢見る乙女感。しかし女性の夢を体現しようとする心意気やよし」


 地団駄を踏み終わった後は、腕組みをしてうんうんと頷きながらラウルの肩をバンバンと叩いている。

 叩かれながらもラウルは乙女ゲームが何かが気になるようで

アイオライトにそれとなく聞く。


「アオ、おとめげーむってなに?」

「えっと、女の子の主人公が男の子達と仲良くなったり、恋愛したりする夢見る乙女が主人公の小説のようなものですね……。視点が女の子なんです」

「……夢見る乙女」

「エレンはもうちょっと言葉を選んで使ってよね」

「はーい。気を付けるよ」


 ひらひらと手を振りながら、エレンはユクタ達の方へ合流した。

 貿易も始まり、これを機に興行をガルシアにも本格的に広げる打ち合わせをするようだ。

 カリンと言いエレンと言い、商売上手と言うか勝機を見出す目が鋭い。


「ねぇ、アオ。このゲーム。他の誰かとしたこと、あるの?」

「さすがにないですよ。あー、でもカリンちゃんとリコとはしたことあります」

「その二人だけ?」

「だけです」

「それならいいや」


 何がいいのかわからないが、ラウルは一人満足した顔で頷きながらグラスに刺さったプレッツェルのチョコ掛けを食べながら紅茶を飲み始める。


「上流貴族にも流行りそうだけど、城下町でも流行りそうだよね」

「そうですね。あ、でもチョコには少しだけ媚薬効果もあると言われていてですね」

「ごほっっ!! え?」


 と、アイオライトが前世の知識を披露しようとしたところ、ラウルが飲んでいた紅茶が変なところに入ったのかむせてしまった。


「ラウル、大丈夫ですか?」

「大丈夫……。チョコレートって媚薬効果がある……の?」


 おずおずとラウルが聞く。

 この世に媚薬と呼ばれるものがあることは知ってはいたし、何かあった場合は十分気を付けるようにと教育もされてきたが、実在するかどうかは不透明だったからだ。


「媚薬効果というには、効果は弱い、な。ただ、食べると好きな人と一緒にいるときの幸せな気持ちを生み出す、とか言われてるよ。あとは滋養強壮にいいとか言われてたりするから、そういったのも含めて媚薬とか言われてたんだと、思う」

「何でも知ってるな……。リコ嬢」

「そうでも、ある」


 それを聞いて、カリンが小さな声で何かを一人で言い始めている。


「好きな人と……、キスの味……、いや、好きな思いを伝えるバレンタイン的な方がやっぱりウケるかな。売り出しはやっぱりこっちか……」

「気持ちを伝える?」

「そう、やっぱり初めて売り出すためには購買意欲を掻き立てるようなキャッチコピーが必要だと思うのよね」


 すでにもうチョコレートを市場に出すときのキャッチコピーを考えていたようだ。

 確かに前世では、バレンタインの時期になると色々なキャッチコピーが出回っていたような気もする。アイオライト自身は、友チョコがほとんどだったのであまり気にしたことがなかったが。


「伝える恋ゴコロ、違うな~。あなたに伝えたい恋のカタチ、とか?」

「おぉ、それ結構好きよ。エレン!」

「ん? 色々な人向けに沢山考えた方がいいのだろうか」

「そう! ただ商品にした時にこのプレッツェルのチョコレート掛けだと……」


 カリンとアシュールが頭をひねり始めると、みんなも思わず同じように考え始めた。


「もっと簡単でいいんじゃない? さっきのゲームじゃないけど、好きな人と分け合いたいみたいな感じでさ」

「ちょっと! いいんじゃない! 好きな人と分け合いたい甘いひととき! みたいな? ヘタレにしてはいい感性してる」

「ヘタレは余計だろっ!」


 猛烈にエレンに褒められているが、貶されてもいる。


 カリンも大興奮で、このフレーズで売り出すことを決めたように何かに殴り書きしてパッケージのデザインも同時に始めてしまっている。


 当のラウルは特に思うところがないようで、満足したように座ってまた紅茶を口にしていた。

 先ほどまでの緊張感などどこ吹く風で、アイオライトを横に座らせて手ずからプレッツェルのチョコレート掛けを食べさせている。


「ゲームはちょっとだけど、食べさせてあげられるのいいな」

「そうですか?」


 ラウルはプレッツェルの先からは指を離さず、アイオライトを優しく見ながら、口元のかなり近いところまできてようやく慌てて手を離して次のものを口に運ぶ。

 食べさせられながら、あまり良く分かっていないアイオライトを見ながら、リチャードは思う。


「あぁ、プレッツェルの先は自分で持ったまま、最後に自分の指を相手の唇に当てることができたらな、という感じか。堂々とキスは出来ないが、その感触に甘い気持ちになったりする男女が続出しそうだな」

「思ってることが、全部口に出ちゃってる。リチャード氏」

「我が主を見ていたら、つい主が考えているであろうことが口から出てしまったようだ」

「ほんと、やめろ」


 実際ラウルがそう思っているのかどうかは分からないが、今の答えから考えるとそうなのだろうと思わざるを得ない、とアイオライト以外の全員が同じ見解に達した。


「でも、それもいいな。好きな人に触れたいみたい、甘い恋心は、チョコのフレーズにもピッタリな気がする」

「自分はあまり良く分からないが、カリン嬢が言うのであれば間違いないのであろう。出来上がった商品については今回はそっちの方向性で売り出してみることにしようか」


 相談があるからと連れ出され、カカオを見せられて、プレッツェルのチョコレート掛けを作って、売り出しのキャッチフレーズが決まって……、あれよあれよという間に商品化していく商魂逞しいカリンの一面が見えて、なんだか不思議な気持ちになっていた。


「チョコもいいけど、ココアも出来たらいいよね。何だっけ? 油を途中で取り除かなくちゃいけないはずだからさすがに難しいかな。みんないっぱい考えたりして頭使ったりしたから疲れてない? 持ってきたチョコがまだあるから、ホットチョコレート作ってくるね」


 ようやく満足したようにラウルがプレッツェルを与えるのをやめるのと同時に、アイオライトが席を立ち厨房に向かっていた。


「手ずから何かを食べさせるの、なんだか満足感があって、俺、癖になりそう」

「それは求愛行動っていって、オスがメスに食べ物を渡してそれを受け入れるとつがいになるっていいますよ。動物としての本能と言ってもいいかもしれませんね」

「ユクタさんも物知り!」


 レノワールが褒めると、ユクタも笑顔になる。


「べっ、別に、俺そんなつもりじゃないけど……」

「ふふふ」


 少しだけ口をとがらせて納得がいかないラウルを見て、思わずアシュールが笑ってしまった。


「すみません。なんだか微笑ましくて。チョコレートを売る時はこんな穏やかな、優しい気持ちが街にあふれたらいいなと思います」

「そうやね。バレンタインなら好きな人に好きだと伝える日やし、それは家族でも友達でも、もちろん恋人でもいいわけやけん、街いっぱいに幸せが溢れる日になったらよかね!」

「そうね、色々考えたけれど、どれも甲乙つけがたいわね」


 なんだか丸く話がまとまってきたところに、アイオライトが戻って来た。


「うわ、凄く優しい甘さ」

「さすがにチョコの量が多いとまだ慣れてないし良くないかなと思って、バナナと牛乳を温めてたものに少しチョコを入れてみたよ。どうぞ、召し上がれ」

「これ、マシュマロものってる。流行らせたい……」


 カリンはこんなところまで商売人である。


 それぞれがカップを受け取り、穏やかな顔でホットバナナチョコレートを口に付けると、みんなの表情がふにゃりと柔らかくなったのが分かって、アイオライトはそれだけで満足な気持ちになってしまう。


「バナナと牛乳とチョコが合わないわけがないし! チョコがもう少し多かったらなおよしだけど鼻血が出ちゃっても困るから今はこれぐらいかしら」

「少しずつ、身体を慣らしていって、最終目標は完全なホットチョコレートを、飲めるようにする。あとは構造は思い出せないけれど、カカオをココアにできる機械を作ると、ここに誓おう」

「何その言い方! カッコいい! けどリコなだけに残念感」

「酷い!」


 誓おう、と言い胸に手を当てている言い方が確かに何か騎士のようでカッコイイ気もするが、中身はあれだ。リコなのでカッコよさが確かに激減している気もする。


「リコだから残念なのは仕方ないけど、でもココアが出来たら確かにいいと思うな。お菓子の幅が広がるし、夜寝る前にココアとか飲めたら、睡眠の質も良くなるしね」

「アイオライト、ココアというのはそんなにいいものなのか?」


 ココアにとても興味を持ったのか、リチャードが質問を投げかけた。


「万能と言うわけではいんですけれど、リラックス効果があるので寝る前に飲むと入眠しやすくなって睡眠の質が上がると言われていたり、お腹の調子も整えてくれる効果も期待できます」

「便秘についてはまぁ気にしていないが、入眠しやすくなるのはいいな。リコ嬢」


 プレッツェルのチョコ掛けを何本か持って一気に食べていたリコに、リチャードが声をかけると、分かったよと言う顔をして口の中で残りを咀嚼した後に一言。


「急ぎで?」

「そうですね。出来るだけ急ぎで」

「仕方ない、な」


 チョコレートの機械を元々作る作るつもりだったので、リコは一緒に作るつもりのようだ。

 あまり根を詰めて逆に寝不足にならないように、リチャードに気を付けてもらうことにしようとアイオライトは二人の掛け合いを見ながら思う。


「ねぇ、アオ。あの二人、なんかちょっといいよね」

「ラウルもそう思いますか?」

「思う思う。なんかいつもやられっぱなしで悔しいから……」

「あの二人、なんだか兄弟みたいな空気感ですよね!」

「うん?」


 リコとリチャードの二人をみて、少しいい雰囲気だなとラウルは思ったが、アイオライトはちょっと違ったイメージを持ったようだ……。


「たまにデレるお兄ちゃんの頼みを、二つ返事で快諾する妹みたいな感じですよね。なんだかちょっと可愛い感じです」

「……そうかな?」

「そうですよー! ね、レノワール!」

「ん? ソウネー」


 レノワールはあまりそうとは思っていない事が分かる返事の仕方である。


「そう言うの、残念だけどアオにあまり期待しちゃダメだからね」


 そうレノワールが言うと同時に、今日の会合はほぼ終了となった。

 

 チョコレートにココア。


 この二つを使ったお菓子が、アルタジアとガルシアを熱狂の渦を起こすのは、すぐであった。

 

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