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フレンチトースト

 カラン、カランとドアベルを鳴らしてラウルが店内に入る。


「おはよう、アオ」

「おはようございます。ラウル」


 店内ではすでにアイオライトは厨房で準備をしていた。

 式典も終わり、金の林檎亭に戻って一ヶ月経った。

 

 リコとカリンとレノワールが金の林檎亭の二階に住み始めた。

 エレンはと言うと、式典の時に上演した芝居がとにかく当たりまくり、アルタジア王国にある少し大きな色々な街で上演しつつ、その合間にイシスにやってくる日々を過ごしている。

 

 ラウルはと言うと、今まで世話になっていた宿にまた御厄介になっていた。


 アイオライトと二人きりで住むなら問題はない。

 いや、ラウルも年頃なのであるといえばあるのだが……。


 さすがに女性四人が暮らす家に、ラウルが一緒に住むのをためらったからだ。


 自分の婚約者を自ら護衛する王子と言うのもおかしなものだが、実際誰かにその地位を奪われたくないラウルのわがままで、今だに本人自らが護衛を続けている。

 

「朝ごはん一緒に食べますか?」

「うん。一緒に食べよう」

 

 頬を赤らめて笑うアイオライトをぐっと抱きしめたくなる衝動を抑えて、頬だけを撫でると、さらに目を細め照れながらラウルを見上げている。

 

 幸せだ……、と思う。

 凄く、凄く好きだと感じる。


 しかしラウルはこの小さく可愛い恋人に不満があった。


「アオ、おはよう」

「おはよう! あ、こらちゃんと上着着ないと風邪引くよ、カリンちゃん」

「平気だよ。この店あったかいし。顔洗ってくる」

「おはー、朝ごはんなに?」

「おはー、レノワール。今朝はフレンチトースト」

「甘いやつ?」

「ハムとチーズの甘くないやつ。甘い方が良かった?」

「ハムとチーズで正解よ!」

「そりゃよかった。」

「顔洗ってくる」


 二階から降りてくるカリンとレノワールに軽い挨拶と、軽快な会話のやり取り。

 ラウルは会話の途中で、カップにお茶を入れてカウンターでその会話を聞いていた。


「おはよ。アオ」

「リコ、徹夜だったの? 目の下のクマが隠しきれてない」

「隠す気ゼロだからね」

「化粧する気なしだしな。でも顔は洗ってきた方がいいよ」

「そこまで女子力ゼロじゃない、よ」

「マイナスもありえそうだけど?」

「否定できないっ!」


 朝からその流れるような会話に力みなどはない。

 楽しむように、いや本当に楽しみながら力むことなく自然体で話をしている。

 

「あのさ、アオ」

「はい、なんですか? ラウル」


 これだ。これなんだよと、ラウルはテーブルに突っ伏して拳を軽く握る。


「どうしたんです?」

「アオは、俺にだけ他人行儀だ……」

「ん?」


 あまり良く分かっていない顔でアイオライトはラウルを見返す。


「他人行儀ってことはないと思いますけど……」

「じゃぁなんでいつまでも敬語?」

「えっと……」

「ねぇ、なんで?」


 拗ねた顔なのに妙に色っぽい表情のラウルがアイオライトを見上げている。


「なんで?」

「なんでと言われましても……」


 この表情にアイオライトがとても弱いのを知っているような使い方をしてくるのがずるい。と常々思ってはいるのだが、やめてとは絶対に言わない。


 何故ならアイオライトはその表情も好きだからだっ!


 と力強く握り拳を作りながらも、ラウルの気迫に後ろに後ずさるアイオライトと、立ち上がりじりじりとにじり寄るラウル。


「リコ嬢とかには、友達言葉で話すだろ? 俺には敬語で話すし、格差を感じる時がある」

「友達言葉? あぁ、タメ語か。それはさ、なんていうか愛の差かな」

「そこは否定はしないけどさ。俺も早くそこに混ざりたいっていうか……」

「無理よ」


 リコと、アイオライトににじり寄るラウルが会話をしていると、先ほど起きてきてようやく朝の準備が整ったカリンが食堂に入ってきた。

 

「アオはね、先輩にもずっと敬語だったの。学校を卒業してもずっとよ。ポッと出のラウルとそんなうふふな仲良し友達口調で話すなんてまだまだ先の話よ」

「ポッと出って、俺もうずいぶん一緒にいるけど」

「たかが一年ぐらいでしょう?」

「十年ぐらい一緒じゃなけりゃ無理、だな」

「カリン嬢達はどうだったの?」

「出会った時からタメ語だけど」


 ドヤ顔のカリンの後ろでさらにリコもドヤ顔でラウルを見ている。


「アオ……」

「そんな顔されても、ですね……、急には難しいですよ」


 すがるようにラウルがアイオライトを見るが、そんな目をしても無理なものは無理なのだ。

 気をつけてはいるのだが、一つ年上でさらにお客様だったのだからなかなかに難しい。


「リリとマークには友達言葉だろ」

「あの二人は兄と姉みたいな……家族みたいなものなので」

「俺だって家族、になるんだろ?」


 そんな捨てられた子犬みたいな顔で見ないで。

 かっこ可愛いとか本当に、ステキ!!


 などと考えてながらも、確かに家族と言われたら弱い。


 アイオライトとラウルは、一応結婚を前提としたお付き合いの最中である。


 とは言え、まだ一ヶ月ほどしか経っておらず、アイオライトがアイオライト過ぎてまったく二人の仲は進展してはいない。

 ラウルが少し焦るのもわからなくもないなと、カリンが思っていると、急に閃いたような顔のリコが声を上げた。


「なに、ラウルはアオに雑に扱って欲しいの?」

「違うわっ!」


 リコの鋭い突込みに、さらに食い気味にラウルがかぶせてくる。


「どんな風に雑に扱えばいい?」

「アオまでやめて! あ!」


 少しだけ砕けた口調で声をかけると、悪戯が成功したような顔で、アイオライトがラウルを見て笑う。


「はは……。嬉し……」

「泣くほど!?」

「泣いてないしっ!」


 ラウルが少しだけ目に涙を本当にためているのを、リコとカリンが若干冷めた目を向け、レノワールにいたっては見ないふりを決め込んでいる。


「あはは、さ、朝ご飯にしよっか。ラウルも泣いてないでこっちに来てくださいね」

「泣いてないよ。しかもまた戻ってるし」

「ちょっとずつって言ってるだろうに。やれやれ、だぜ」


 リコにチクリと言われつつも、ラウルも同じテーブルにつく。

 最近はリコとカリンレノワールにラウルと朝ごはんを食べるのが日課になっている。


 みんなでかこむ賑やかな食卓は、それだけで幸せが溢れている。

 アイオライトは塩味の聞いたフレンチトーストを頬張りながら幸せを噛み締めていた。


カラン、カラン。


「店主、おはようございます」

「おはようございます。ニエルさん、ユーリさん」


 式典が決まってから帰れなくなっていたニエルとユーリは、結局帰れるようになってからもイシスの街に居残って金の林檎亭で修行中である。


「おぉ、今朝はフレンチトーストなんですね。あれ、甘くないやつですか?」

「甘くないやつです。お二人も食べますか? すぐ作りますよ」

「いぇ、朝食は食べてきたので大丈夫ですが……教えてもらって自分も作ります。店主は皆さんと朝ごはん食べてくださいよ」

「教えるほどでもないんですけど……、食パンにハムとチーズを好きなだけ挟んで、卵に牛乳塩コショウを入れてからたっぷりパンに浸して焼くだけですよ」

「フライパンには……、油? バター? どっちがいいでしょうか」

「自分はバターたっぷりで焼きたいですね。油でも良いと思いますけど、やっぱりバターの方がコクが出ると言うか、美味しいと思います」

「わかりました。やってみます!」


 ユーリは怒涛の勢いでアイオライトのレシピを吸収して、店のほとんどのレシピを覚えてしまったのだ。

 厨房からは軽快に卵を混ぜる音が聞こえてくる。


「結局二人共、帰るのかしら?」

「カリン様、リコ様。おはようございます。そうですね……。ジーランも悪い国ではないのですがアルタジアが自由でいい国なので……、いっそこちらで二人で店を出そうかと思っているんですよね」

「ほんと!? ニエルさん達の店のメニューも美味しいから私達絶対通うよ!」

「いやいや、まだ決めたってわけじゃないんですけどね。それも良いかなと思っただけで、完全にこちらに来るには、それなりに準備をしなくちゃいけないので」


 アルタジアでと言っても広い。どの街に店を出すのかも考えなくてはいけない。

 ジーランにある自分の店をたたむのか、そのままにするのかなどやることはかなりあるはずだが、ニエルの顔は晴れやかだ。


「自由とは、こんなにも楽しいのですから」


 ふわっと微笑む紳士は、冒険心溢れる少年のような顔でユーリがいる厨房を見ていた。


「しがらみもないと言うのも、本当にいい」


 小さくつぶやくニエルの言葉を、みな聞いていないふりをしながらワイワイと朝食を進めていく。

 

「そう言えば、店主とはいつ結婚式されるんですか?」

「ごふっ……」


 ユーリが厨房から自分で作ったフレンチトーストを持ってきつつ、隣のテーブルに座ってラウルに質問をすると、飲んでいた紅茶が変なところに入ってしまったのか盛大にむせている。


「いや、まぁ、結婚するのは今のところ決定事項なんだけど、まだお付き合いというか……、可愛過ぎて逆にどうしたらいいかわからないっていうかさ」

「わかります、わかります。ラウルさんほどのイケメンがなに乙女なこと言っちゃってるんですか」


 最近はリコやカリン、レノワールに囲まれているせいかユーリの口調がそちらに引っ張られているのが、心配になっている。

 この世界の人は、イケメンに乙女とか言わないので、三人とも自重して欲しいとアイオライトは本気で思っている。


「イケメンで乙女?」

「いいんです、ラウルが知らなくても!! さぁ、皆さんそれぞれ準備してくださいね」

「はーい。ごちそうさまでした」


 リコとカリンは、これからアルタジアの王城に出向いて仕事だ。それに便乗してレノワールもアルタジアの城下街に一緒に向かう。


 結局リコは魔法省になしくずしに就職。

 リコは王城の経理と営業的な仕事を任されている。

 レノワールもアルタジアの城下街に自分の店を作った。

 エレンはアルタジアのいたるところで公演中だが、今日の夜にはベルツァの公演を終えて戻ってくる。


 今夜はみんなで何をして過ごそうか。まだ始まったばかりなのに、みんなと話せる夜が待ち遠しい。


「アオ、じゃぁ店を開けようか」

「うん。今日も一日忙しくなり過ぎないといいね。ラウル」

「あ、俺、今日の夕食はナポリタンがいいな」

「はい! 自分もナポリタン気分です!」


 王城アルタジアから馬車で三時間ほどの距離にあるイシスと言う街の外れに、四人掛けのテーブル三つ、カウンターが四席、ログハウス風の外観で入り口に金の林檎の看板が目印のご飯処、金の林檎亭がある。


 さらにカランカランと、お客様が来たことを知らせるドアベルが鳴る。


 カラン、カランとドアベルが鳴る。


「おはようございます。金の林檎亭へようこそ」


 今日もアイオライトの元気な声が店に響く。



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