舞踏会
「君、一人?」
「いえ、一人ではなくてですね……」
「ではその方がいらっしゃるまで私と踊って……あっと……」
目立たないように、窓に近い壁にそっと立っているつもりなのだが、次から次へと誰かが話しかけてくる。
「お嬢さん、私と踊っていただけませんか?」
「自分踊れないので……」
「ちゃんとリードして差し上げ……大変失礼いたしました」
無論すべてお断りするつもりで返事をしているのだが、断る前に、ドレスをまじまじ見てからイヤリングとネックレスを確認すると、すべてを悟った顔をして去っていくのが、アイオライトは不思議でならなかった。
リコとカリンはそれぞれリチャードやフィン、ロジャーと踊った後は誰とも踊ることはなく、終始歓談している。
後々何があるかわからないので、ダンスに誘われてもその三人以外とは絶対に踊らないと決めていると言っていた。
他国の王子や貴族もそうだが、アルタジアの名のある貴族と踊りでもした暁には、それだけで求婚騒ぎになる可能性だってあると言っていた。
「そんなことある?」
「あるらしいよ。リチャード氏が言ってた」
「政治的な面を置いといてもさ、このカリンちゃんには確かにヤバい。交際申し込みが後を絶たなさそう」
「アオ。私は? 私は?」
「リコは……、まぁ好事家もきっといるよね」
「おいっ!」
「冗談だって」
今日のカリンはかなり気合の入った、と言うわけではなく、シンプルなワンショルダーのマーメードラインドレスだ。
花モチーフの淡い緑の入ったレースのワンショルダーから、胸元は薄い緑、裾に向かうにつれて少し濃くなっていくグラデーションが、シンプルにカリンの曲線美を際立たせている。
「まぁ、夢を見たくなる気持ちは、分かる」
「うん、うん」
豊満なわがままボディを際立たせるドレスを着こなし、美女に柔らかく微笑まれたら(あくまで営業スマイルだが)くらりと来る殿方が続出するのは致し方ないことだ。
「して、好事家がいたとしたら私はいかがなものなのだろうか? アオさんよ」
リコにしては珍しく、他人からの評価を聞きたがっているようなので、正直にアイオライトは答えようと口を開いたが、
「お似合いですよ。リコ嬢」
褒めようとしたアイオライトの横から、リチャードがリコの鼻血対策で眼鏡を外しながらやってきた。
今日のリコのドレスはスレンダータイプのドレスで、色はアイボリー。
スカートにはスリットが入っているが、中に白のレースパンツを合わせていやらしさを感じさせず、背が高いリコのスタイルの良さを際立たせている。
「おぉ、リチャード氏が褒めてくれていますぞ! リコ」
「て、照れますな……」
「好事家などではなくても……、ほら、あちらの男性もずっとリコ嬢を見ていますよ」
リチャードの視線の先には確かに、リコに憧れるような視線を向けている男性が数人。
「いや、あれ魔法省の人達じゃん……」
「リコの普段見ないようなドレス姿に見とれてるんじゃない!」
「そうかなぁー」
「そうだよー」
なんだか楽しくなってきて、アイオライトは数回その場で飛び跳ねてしまった。
飛び跳ねると、自分のイヤリングがしゃらりと音を立てる。
「しかしアイオライトは、随分と、その化けましたね」
「リチャードさん、酷いっ」
少し化粧をしてもらったぐらいで化けたなどとは、そんなに大きく変わっただろうか?
髪形はサイドの髪を、耳の後ろぐらいまで編み込みにしてあって、少し可愛い感じではあるが。
「違うよ、リチャード氏。普段のアオの中性的な印象が、女性的な方に全振りされた結果が、これなのさ」
「あぁ、その説明、実に納得がいきました」
リコの説明にリチャードは納得したように大きく頷いた。
「しかし、これでラウルが……」
「ラウルが?」
「なぜ近くに寄れないのかが、なんとなくわかるというか……」
「挨拶が多いからではないですか?」
今日はアイオライトのそばにいると言っていたのだが、挨拶が続いてしまっているのかなかなか一緒にはいられず、舞踏会が始まってからは見守られているような気はするが話がまだできていないのだ。
「そういう事にしておいてあげましょうかね。私はあちらでカリン嬢の手助けに参ります」
そう言って、すでにフィンとロジャーの包囲網を搔い潜ってカリンに辿り着いた強者数人の駆除に、何故かリコの手をとって向かって行こうとする。
「リコも?」
「好事家は、まぁそれなりにおりますので念のためです」
「好事家ってそんなにいる、もの?」
「えぇ、そこそこいますよ」
「リチャード氏、酷いな」
「さて、アイオライトは番犬が少し離れたところからも威嚇しまくっていますから、大丈夫でしょう。そのうち耐えきれなくなれば、番犬の方から寄ってきますから」
そう言って、リチャードとリコも行ってしまった。
アイオライトは番犬を飼った記憶もないし、こんなところに犬がいるはずもないのでリチャードが何を言いたいのかがわからなかったが、食べていた皿が空になってしまったので、軽食と甘いものを取りにテーブルに向かうことにした。
軽食にとサンドイッチを皿に乗せ、さらにアイオライトがこの舞踏会に考えたメニューのかぼちゃのスコーンと、果物のジュースを手に取る。
かぼちゃのスコーンは、クリームがなくてもほんのり甘くてついつい頬張ってしまう。
入れ過ぎたスコーンに口の中の水分を取られながらも、その甘みを堪能し、果物のジュースでほっと一息ついた。
「これはこれは、どこのご令嬢であろうか」
そんな美味しい時間を一人で堪能していたのだが、見知らぬ男性に声をかけられた。
しかし、口いっぱいにスコーンを頬張り食べる自分に声をかける人がいるはずはないと、一瞥して通り過ぎようとしたが、見知らぬ人はそっと手をだして進む方向を邪魔してきた。
知らない人にはついて行ってはいけないと前世から相場は決まっているので、一礼だけしてそっと離れようとアイオライトはさらに方向を変える。
「どこに行かれると言うのか」
「食事を取りに行きますので、失礼いたします」
「では、一緒に参りましょうか」
「えっと、結構です。一人でできますから」
なんとか振り切りたくて食事が並ぶテーブルに向かって、歩き出そうとしたが今度は腕を掴まれた。
「いっっ」
掴まれた腕が痛くて、つい声が出てしまった。
その瞬間、ぶわりとアイオライト身体が炎のような魔力に包まれた。
あくまで炎のようなだけで、温かい心地いい魔力で痛くもかゆくもない。
「アオに触るな」
「あ……。ラウル……殿下」
少し離れたところにいたはずのラウルが、コツコツと靴を鳴らしながらいつもの柔らかな笑顔ではなく、冷ややかな笑みを浮かべて近づいてくるのが見える。
「いつまで触れている。早く離せ」
「ラ、ラウル?」
誰だか知らないその男の人は、ラウルの一言にびくりとしたが身体が強張って、さらに掴んでいる腕に力を入れる。
「ぐっ……いた」
「離せと言っている」
「ひっ」
その腹の底から冷えた一言で、腕を離してもらえ、アイオライトはようやく痛みから解放された。
知らない男は、丁寧に一度ラウルに礼をしてから足早に扉へ歩き、外に出て行ってしまった。
魔力の揺らぎは知らない男にだけ向いていたようで、舞踏会は中断されることなく続いている。
「アオ……。ごめん、ちゃんと俺がそばにいなかったから」
「いえいえ、大丈夫です。ちょっと痛かったですけど、急に腕を掴まれたので少しびっくりしただけで……。しかしあの人誰だったんでしょうか」
「ここ、赤くなってる」
あの男が誰だったのかについては触れることなく、掴まれて赤くなってしまった腕をラウルが優しく撫でる。
心配してくれているようだが、触られたところが違う熱を帯びている気がした。
「本当に痛くない?」
「平気です、これぐらい。あと助けてくれてありがとうございました」
「君のそばにちゃんといればよかった。」
「でも、ラウルは何か仕事をしていたのでは?」
「まぁ、挨拶はしていたけれど……」
白いドレスの胸元に瑠璃色の刺繍、背中の編み上げの紐とビジューベルト金色。渡された宝石類はすべて瑠璃色の宝石で、土台は金。
「ゴメン。でも、どこからどう見たって、これだけ俺の色を纏っていれば、そばに寄ってくる男なんていないと思って油断してたんだ」
「ラウルの色」
「そう、俺の色」
微笑むラウルは満足そうな顔をしているが、急に告げられてびっくりしたのはアイオライトだった。
色の組み合わせとして綺麗だなとは思っていた。
好きな色の組み合わせでもある。
「な、んで?」
「だから言ってるだろ? 君が好きだからだよって」
先ほどまではあれほど冷たい声を出していた人とは思えないように、柔らかく温かい、アイオライトの大好きなラウルの声が上から降ってくる。
ラウルはそっと手を取って、バルコニーにエスコートをしてくれる。
煌びやかな舞踏会の主役は、基本的にリコとカリンだ。
故に周りの人達はラウルとアイオライトがどこを歩いていても気にはしない。
「おぉ、バルコニーは結構広いんですね! 風も気持ちいいです」
ひらりと風に舞うスカートを押さえてアイオライトがラウルを見ると、優しいのに瞳の奥には炎が見えるような強い視線で、じっと何かを待っているようだった。
「ラウル?」
「うん」
エスコートされた手は離さず、身体も密着していないのに、その返事だけが耳の奥にじんと広がった気がする。
「アオ。君の事が好きだよ。もしアオも同じ気持ちを持っていてくれるなら、これから先ずっと、俺と一緒に生きてくれる?」
ラウルがアイオライトの手の甲をゆっくり持ち上げて、軽く唇を落とした。
少しだけ赤い頬に、穏やかな笑みを浮かべている。
ここだよって、顔。
「ラウルと……、ラウルと同じぐらいの気持ちなのかは測るすべがないので分かりません。ずっとその、ラウルは格好良くて優しくて爽やかで、応援してたんです。でも最近胸のあたりがザワザワしたりして、この気持ちがよく分からなかったんですけれど」
もたもたと何を話しているのかわからなくなってきてアイオライトはいったん言葉を区切った。
それでもラウルはじっと目を見て待っていてくれている。
「もしかしたら、推しに対する愛情とは違う気持ちじゃないかって思って」
「うん」
「その、自分、ラウルの友達とか親友とか言ってたのに」
「うん」
「す、す、す、す」
「アオ、落ち着いて」
ラウルが握った手を優しく撫でてくれると、少しだけ落ち着いた気分になる。
「ラウルが、好きです」
ゆっくり息を吐いて、アイオライトは真っすぐラウルを見つめてそう告げた。
どうしてもしどろもどろになってしまうのは、恋愛経験値ほぼゼロのなせる業だが。
「ラウルとずっと一緒に居たいって思います。家族になれたらいいなって思う事は、一緒に生きるってことですよね?」
どんとぶつかってくれたので、なんとか自分の思っていることをどんと返してみる。
「この先も共に生きましょう」
アイオライトは、なんとかすべて言い切れた達成感で、つい握っていた拳を夜空に向かって突きあげてしまった直後、ふわりとラウルが柔らかく抱きしめてくれた。
「あはは。男前だね。アオ」
「ちょっと、ラウル!?」
泣いているような笑っているような、だけれどとても嬉しそうな顔で、ラウルがアイオライトの手を引いてバルコニーから舞踏会の会場の方へ向かって行く。
「あの、どこに」
「内緒」
「ないしょ?」
室内に戻ると、リチャードがバルコニーを出たところでいつの間にか待機していた。
ラウルはリチャードに目配せだけすると、目を細めて頷いた。
それだけでリチャードにはラウルの成功が伝わったようだ。
さらにその先にヴィンスが悔しさをにじませるような顔をしている横で、ジョゼットが察したような微笑みを見せていた。
ラウルは二人の前に歩み寄って、晴れやかな表情でに告げる。
「アオの了承が得られたので、まずはお付き合いを認めていただきたく参りました」
二人でバルコニーに向かった時からリコとカリンをフィンとロジャーに任せ、リチャードはバルコニーの外で誰も近づかないよう、窓の近くに待機していた。
プロポーズになるであろう現場で覗き見するほど、リチャードは野暮ではない。
二人がうまく行く事を願って、バルコニーから戻るのを待っていた。
バルコニーから出てきた主人が、視線だけをリチャードに向けた時、その晴れやかな表情を見て今日の良き日にちゃんと自分が主の近くにいることが出来たことを感謝した。
少しだけ茶化したい気持ちもあるが、ヴィンスとジョゼットに話をする主の幸せそうな顔を見ると、今ではなく別の機会に根掘り葉掘り聞きだせばいいと、静かにその光景を見守る。
「よかったですね。ラウル」
リチャードの小さな呟きを聞くものは誰もいない。
目の端に光るそれを見るものも、誰もいない。




