式典
城に戻り馬車から降りようと扉を開けると、そこには鬼と言うべきか、魔王と言うべきか……、上手く形容しがたいが冷ややかな微笑みを浮かべ仁王立ちするリチャードが待っていた。
リチャードの逆鱗に触れないようにと、フィンとロジャーが静かに馬車を降り、馬車に隠れるようにして城に入ろうとしているのをラウルは見逃さない。
「ちょっ! 裏切り者!」
「「お先でーす!」」
裏切りでも何もないのだが、この魔王のようなリチャードの顔をみると呼び止めたくもなる。
ラウルの声に立ち止まる気はなく、ひらひらと手を振りながらフィンとロジャーはさっさと城に入ってしまった。
魔王リチャードが、ラウルとアイオライトの乗る馬車にじりじりと近づき、いつもよりも低い声で出迎える。
その後ろには侍女と侍従がずらりと控えており、その圧に馬車を降りるのを躊躇うほどだ。
「おかえりなさいませ。待ちわびましたよ」
「リチャードさん、魔王感半端ないですね」
「お前、顔も声も怖いよ」
「魔王でも怖くても結構です。二人共早く馬車から降りて着替えてください」
朝一番で野菜の買い付けに行ったことは、すでにリチャードに報告されているはずだ。
「間に合ったのだから、そんなに怒るなよ」
怒っているのは、式典の始まる直前まで城の外に居たからだろう。
「わかっているならば結構」
ラウルとしてはその野菜の仕入れに行ったからこそ、アイオライトに気持ちをしっかり伝えることができたのだ。それに関しては後悔はない。
「野菜の仕入れの件はお礼申し上げますが、今日はアルタジアにとっても大事な日なのですからね」
「わかってるよ」
不承不承ながらもリチャードに返事をしながらラウルは馬車から降り、アイオライトをエスコートすべくステップの下で待つ。
馬車からひょっこりと出てきたアイオライトが、リチャードの様子を伺いながらも、ラウルをちらちら見る仕草がどうにも可愛らしい。
ラウルが手を伸ばしてアイオライトの手を取ろうとしたその瞬間、リチャードが指を鳴らす。
「あわわっ!」
それが合図のようであれよあれよという間に、アイオライトは侍女達に抱えられて連れ去られていってしまった。
「あの、また後でです!」
「えっと、うん。また後でね。アオ」
遠くに聞こえるアイオライトの声に、手を振って見送る。
可愛いものが見れたので良しとしよう。
今夜舞踏会で……。
舞台の上で、見ている人には台詞のように聴こえたかもしれないが、今思えば大胆な公開告白だったと、今更ながらに思う。
恥ずかしくないかと言えば、恥ずかしいのだがそれよりも自分の気持ちを伝えることが出来たことの達成感の方が強い。
さらに今夜、返事をもらう……。
そう思うと、緊張が込み上げてくる。
大きく息を吐いて身体をリラックスさせる。
ラウルは最後に大きく上を向いて「よし」と気合を入れた。
その一瞬、何かを察したかのようにリチャードが目を細め、眼鏡をくいっと上げ小さく頷いた。
「そうですか、そうですか。アイオライトと、いい展開……があったようですね。しかしそれはそれ。これはこれ。ちゃんと今日は王子の責務を果たしてください」
「なに? なんでなんかあったとか分かるの? もしかして……、見てた?」
「見ているはずないでしょう。が、その表情で、何かが良いことがあったのだろうことは分かります」
「なにそれ、凄い」
「何年一緒にいると思ってるんだ」
リチャードは照れた様子もなく、眼鏡を一度持ち上げた。
最後の一言だけ素に戻って答えている。
「今夜ですか?」
「うん。舞踏会で……」
「なるべく邪魔が入らないようにしよう」
「助かる」
「感謝してくれているなら、ほら、早くなさい」
ラウルも侍従とリチャードに首根っこをひっぱられながら部屋に連れていかれ、軽く湯浴みをした後式典用の正装に着替える。
急ぎラウルが玉座の間に向かうとすでにアイオライトも着替え終わったのかリコとカリンのそばで神妙な面持ちで立っているのが見えた。
「ゴーン……ゴーン……ゴーン……」
鐘の音が鳴り、一同が静まり返る。
式典が始まった。
鐘の音の余韻が聴こえなくなり、広い玉座の間で各国から招かれた大勢の人たちがアルタジア国王の言葉を静かに待つ。
玉座からゆっくりと立ち上がると、国王が静かな声でリコとカリンの名を呼ぶ。
二人はゆっくりと前に出て、国王の前に跪き、軽く頭を下げた。
国王は二人の肩に手を置いて高らかに声をあげる。
「今日、アルタジア国王の名において、二人を保護すると宣言する」
朗々と国王が告げると、招待客から盛大な拍手がおくられている。
このアルタジア国王の宣言により、リコとカリンは正式にアルタジアの国民として国内外に認知された。
今後は二人に手を出すようなものが現れないとは言い切れないが、アルタジアに貢献し始めている二人をしっかりと守ってくれるだろう。
ジーランから来ている使者の表情からはどう思っているかは読み取れないが、これだけ沢山の国の要人が集まる中で宣言されたのだ。
今後何かあれば外交問題にもなりかねないので、よっぽどでなければ手を出すことはないだろう。
もう一度鐘の音が響き渡り、楽団が音楽を奏で始める。
式典は豪華というより荘厳で、ラウルが思っていたよりもシンプルに早く終わった。
どちらかと言うと、舞踏会での挨拶や顔合わせの方が政治的には大切なのだろう。
舞踏会に出席する招待客の多くが着替えのために席を外し始めた。
少し人の少なくなってきた玉座の間でリコとカリンが、ようやく緊張から解放されたようにアイオライトを見てふわりと笑って手招きする。
パタパタとアイオライトとレノワールが走り寄り、四人で頭を寄せて静かに笑いあう。
その様子を、自分の事のように嬉しそうにラウルは見ていた。
「よかったな。アオ」
「そうですね。ああやって笑っているとあの悪魔のような四人もそれなりに可愛らしいものです。さて……」
「アオは天使だけどね」
音楽が流れる中、リチャードはアイオライトに見惚れているラウルに今後の予定を告げた。
「さて、あなたはこの後は国王様とシャルル様と一緒に挨拶ですよ」
「なんでだよ。別に俺は挨拶しなくても問題ないだろう? それに今日はアオの傍にいるって決めてる」
「そう言うわけには参りませんよ。ラウル様」
こういった時にリチャードが丁寧になるのは、ラウルを王子として扱っている時だ。
「ルディ様も本日は王族として皆様に挨拶されます。あぁ、アイオライトにはリコ嬢とカリン嬢に近い席を用意しておりますので」
今日はリコとカリンのお披露目の為、席は国王に近い席が用意されていた。
その二人の席の少しだけ後ろに、椅子が設けられているのが見える。
いたずらするような目をしてリチャードがラウルに告げる。
「お前のそういうところ、嫌いだけど嫌いじゃないよ。リチャード」
「光栄です」
リチャードが、アイオライトに声をかける。
「ラウル様がお呼びです。こちらへ」
「こちらへって、あそこに?」
「えぇ、リコ嬢とカリン嬢もそろそろ席に移動してくださいね。レノワール嬢はアシュール様とユクタ様と一緒にいてください」
リコとカリンは頷いて、元々そう言う段取りだったのか席に移動していく。
レノワールも、また後でねと言ってアシュールとユクタの方へ向かっていく。
しかしアイオライトは一緒には移動せずにその場に残り、リチャードにためらいがちに声をかけた。
「あの、あそこは王族の席に近いですし、自分はただの一般人なんで……」
「そう言うわけにはまいりませんよ。リコ嬢とカリン嬢の付添人として、さらには友達としてそばにいていただかないと」
「そ、そ、そうでした……。付添人っ、ですね」
「そうです。付添人ですよ」
アイオライトに用意された席を確認している後ろ姿を、したり顔で見るリチャードの表情は、本人には見えていない。
が、そのしたり顔はラウルには丸見えだが。
「アオ、こっちだよ」
「はい」
ラウルが戸惑うアイオライトを呼ぶと、会場にいた人々が少しだけざわついたのが分かった。
「アルタジアに第四王子なんていたかしら?」
「いや、式典前にリコ嬢とカリン嬢の傍にいた子じゃないか?」
「綺麗な子ね。王族の血縁なのかしらね……」
様々な人間がアイオライトを値踏みするように見ているが、それから守るようにラウルはエスコートを続ける。
用意された席の傍には、国王と王妃が。さらにその後ろにヴィンスとジョゼットの姿が見える。
アイオライトは思わず駆け寄りたくなる気持ちを抑え国王と王妃に丁寧に挨拶をすると、普段の調子で王妃が声をかけてきた。
「アイオライトはリコとカリンとお揃いの衣装なのね。可愛いわ」
「ありがとうございます。王妃様」
「でも、一人だけスカートではないのね」
「はい。動きにくいので自分だけはズボンにしてもらったのです」
「この衣装だとうちの息子たちと比べなくても、一番アイオライトが王子に見えるわ」
「うちの娘の魅力はこの中性的な感じでございます。王妃様」
「本当にそうね。ジョゼット」
「ちょっと、なんの話?」
盛り上がる王妃とジョゼットに、アイオライトがシャルルとルディ、ラウルの間にぐいぐいと押しやられる。
並びとしてはシャルル、ルディ、アイオライト、ラウルである。
「これはこれは本当に王子様だね」とシャルルが笑う。
「なかなかに違う扉が開きそうな気がする」とルディが真顔でアイオライトを覗き込む。
「アオは女の子ですから!」とラウルが急いで間に身体を入れて阻止するという、やり取りに挟まれて、下を向いてしまうアイオライトであった。
「ほら見て、ジョゼット。やはりアイオライトが一番王子様ね」
「キャー、アオ。笑って」
「母さん、調子に乗りすぎだよ」
「そんなことないわよ。娘の超絶格好可愛い姿を全世界に見せつけたいだけよ」
「わかるわ! ジョゼット!」
「「わかりますー!」」
色々突っ込みを入れたいとアイオライトが思っても、その隙すら与えてもらえないほど二人の会話のテンポは速い。
調子に乗ってリコとカリンも嬉々として会話に参加している。
「すらりと伸びる足がちらりと見えるのがいいのです」
「でも、舞踏会で着るドレスもいいとレノワールが言っていたわ」
「あら、そうなんですか!!」
「それはそれはもう……」
「独占欲の、塊です」
リコとカリンは衣装合わせで見ていた感想を王妃とジョゼットに伝えている。
「やり過ぎたとは、思っていません……」
「あら、そうなの? ラウル。ふふふ。アイオライト? もう着替えてきてもいいのよ?」
「えっと、自分舞踏会もこの服でも……」
「着替えてきても、いいのよ??」
盛り上がる王妃が目くばせすると、どこからともなく侍女長がやってきてアイオライトの手を取った。
「ささ、お着替えの時間でございます」
「あの……」
「アイオライト様。先ほどは軽く湯あみだけで済ませましたが舞踏会となれば話は別でございますよ。この後しっかり磨かせていただきますので、ささ、お早く。リコ様とカリン様もご一緒に」
「アオはいつも可愛いけれど、今日はさらに可愛くなって戻ってきて。後で迎えにいくから」
ラウルは甘やかにアイオライトに笑いかけた。
「私達にはいう事はないの?」
「リコ嬢とカリン嬢も、まぁ綺麗にしてもらったらいいんじゃない」
「アオとの温度差にびっくりするわ……」
「塩過ぎる」
アイオライトはそれはそれは甘い笑顔のラウルに見送られ、侍女に手を引かれながら、朝からの出来事を思い出す。
舞台でのあの言葉。
ドンと来てくれなどと、色気のない返事をしてしまったあの時の自分を叱りたい気分である。
「わーい。エステよね。肌がつるつるになるの楽しみ」
「あの、一緒にマッサージお願いしても、いい?」
リコとカリンはこんなに大変な式典中も、さらに舞踏会も楽しむことを忘れていないようだ。
自分も風呂に浸かり、エステのように香油で肌を整えてもらえるのだろうか。
アイオライトは、自分を叱りたいと思いつつも、今風呂に入ってリラックスしてしまったら絶対に寝る自信がある。
寝てしまったらちゃんと起こしてもらえるようにお願いしようと、着替えに向かうのであった。




