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常連さんのナポリタン

「アオ、バーベキューすんの?」

「ばーべきゅ?」


《来週空の日、夜にバーベキュー開催します!》


 レジ横に貼り出したバーベキュー開催のお知らせポスターを満足気に見ていたところ、店の一番奥の席で相席をお願いしていたマークとラウルの二人が、お昼のメイン料理、ナポリタンの皿を手に持ちながらポスター前に移動してきた。


「バーベキューですよ。あはは、ラウルさん、珍しく口の周りケチャップで真っ赤です」


 ラウルのナポリタンは大盛りの特製ケチャップソース増し増し、目玉焼き乗せのスペシャル仕様。


 キラキラの外見を全く気にせずに口いっぱいに頬張るのに、とても綺麗に食べる。


 しかし今日はマークと喋りながらだからなのか、口の周りが少し赤い。

 

 しかしこのすっきりとした体躯のどこにこの量のナポリタンが収まっているのか、と不思議に思いながら紙ナプキンをラウルに手渡し、マークに体を向ける。


 マークは父と母の弟子で、アイオライトにとっては少し歳の離れた兄のような人である。

 アオと呼ぶのは自分の小さい頃からの知り合いと、アーニャ、あとは前世の友達ぐらいだ。


「いい季節になってきたからさ、店の庭でやってみようかと思って」

「いいじゃないか、手ぶらでバーベキュー」

「マーク、ばーべきゅうってどんな食べ物?」


 アンダルシアには日本と同じで四季があるが、春と冬が短く、夏と秋が少し長めだ。

 そろそろ春も終わりかけ。暑さで汗ばむ日が増えてきた。


 夏といえばみんなでわいわいバーベキュー!


 そしてビール!この世界ではエール。

 苦くて大人の味だ。


 個人的には夏の風呂上がりに飲む一杯は最高であるが、今はしかしアイオライトは未成年。


 飲めないのがつくづく残念である。


「ラウルさん、バーベキューは食べ物じゃないんです。仲の良い人達と外でお肉とか野菜とか魚介とか色々焼いて、みんなで賑やかに楽しく過ごすパーティーみたいな感じですかね」

「おい、ラウル。バーベキュー知らないのか? どこのお坊ちゃんだよ」

「お坊ちゃんとか言うなよ……。だって王都ではばーべきゅうって聞いたことないしさ。パーティーって言うけど、ドレスコードとかあるの? 茶会的な感じ? それとも野営? 」


 普通庶民はドレスコードのあるパーティーや茶会なんてしないし、そんな風習もない。ドレスコードほどではないが、比較的ちゃんとした服を着る機会があるならば結婚式ぐらいだろうか。

 

 ラウルは王城の仕事をしていると、以前聞いた事があるので、もしかしたら本当に良いところのお坊ちゃんや貴族なのかもしれない。


「茶会より、野営……ですかね。普段着で構いませんよ。においも結構ついちゃいますし。なんと言うか、友達と家の庭で呑み食いする、みたいな気軽な感じですから。でも天気があんまり良くなかったら、店の中で焼肉になっちゃいますけど」

「そりゃ仕方ねえよ。さて、来週の空の夜だな? リリと一緒に来るよ」


 リリはマークの恋人だ。イシスの街の役場で仕事をしていて、来年の春に結婚することが決まっている。アイオライトにもとても良くしてくれる優しいお姉さんだ。


「じゃぁ、リリの好きな白のサングリア準備しておくよ」

「あいつはアオのサングリア大好物だからな。言っておくよ。じゃぁ、ごちそうさん」


 最後の一口を大きな口に入れてマークは帰って行った。


「来週か……。大丈夫だと思うんだけど、俺も来ていいの?」

「もちろんですよ。ラウルさんはめちゃくちゃ常連さんですからね。」

「俺、常連かな」

「それはもう、間違いなく常連さんです! あ、もしよければラウルさんのお友達もご一緒に来てくれたら嬉しいです! 」

「そうするよ。二、三人連れてくる」


 少し照れた顔で、そっか、そっか、と呟きながらナポリタンを幸せそうな顔で食べていたラウルだが、その横顔が少し疲れているように見えた。


「ラウルさん、お疲れですか?」

「そう見える? ちょっと疲れてはいるけど、そんなに良くなさそうかな」

「いえ、そこまでではないですけど……」


 虹色の魔法の紅茶でも体力回復効果はあるが、ポーションでもいいかもしれない。


「ラウルさんは店で飲んだことないと思うんですけど、少しリラックスできる紅茶か、うちの秘伝の健康ドリンク、どっちか飲んでみますか?」


 仕事で疲れが溜まることは誰にでもあるが、ラウルが顔に出るのは珍しいので案外本人が気が付かないだけで、体はしんどいのかもしれないと、思わず勧めてしまった。


「じゃぁ、健康ドリンクにしようかな」

「シュワシュワしてちょっと甘いんですけど、甘いのは平気ですか?」

「食後のデザートだね。いただくよ」


 カラン、カランとドアベルの音が鳴った。


「すいませーん! お昼まだ営業してますか? 」


 お昼にしては客が少なかったのだが、お昼終わりの時間に女性二人と男性一人のグループがやってきた。


「まだ大丈夫ですよ。いらっしゃいませ。金の林檎亭へようこそ。」


 顔を見たことがないので、旅人なのかもしれない。


「こちらのお席へどうぞ。当店は初めてですか? お昼はここから選んでくださいね。」


 お決まりの頃うかがいます、と離れた後、ラウルの元に戻る。

 

「話の途中ですみませんでした。後で持っていきますね」

「こちらこそ、仕事中にごめん」


 ものすごく申し訳なさそうな顔をしているが、また口の周りはケチャップの海と化していた。


「何言ってるんですか。『常連さん』なんですから、仕事中でもガンガン声かけてくださいよ。あと、また口の周り大変なことになってます」


「うわ、ほんと?」

「あはは、うそでした」

 

 二人で顔を見合わせながら笑っていたら、


「注文お願いします! 」


 先ほどの三人組みの客から注文の声がかかった。


「口周りが真っ赤だとせっかくのイケメンが台無しですからね。健康ドリンクお持ちする時に一緒に紙ナプキン持ってきますね」


 アイオライトはそう言ってラウルのそばを離れ、注文を取りに向かう。


 ラウルはイケメンってなんだろう、あとで聞いてみようと思いながら、隣の席の皿を見る。


 確かイシスの街の大工で、この店の常連、名はヨハンと言ったはずだ。


 同じナポリタンなのに、目玉焼きではなく、ハンバーグが乗っているのを見てラウルは目を見開いた。


「ナポリタンにハンバーグ、だと? 」


 ヨハンはこれもおすすめだぞ、とゆっくりと頷いて、自分の皿に集中し始める。


「オムライスもナポリタンも罪作りだ」


 ラウルは最後の一口を丁寧に口に入れ、そっとため息をついてナポリタンの余韻に浸りながら健康ドリンクを待った。


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