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救出とぬくもりと。

 ガタリという音がして、アイオライトはようやくぼんやりと目を開けた。


 苦い匂いのする薬を嗅がされたからか、しばらく眠っていたようだ。

 絨毯の敷かれた馬車の荷台に積まれた木箱の間に寄りかかるように寝かされていたようだ。


 背中の痛みに加え、後ろ手に縛られて身動きが取れないばかりか、猿轡までされている。

 薬が効いていたとはいえ、よくこんな状態で寝れていたものだと自分自身に感心してしまう。


 すると、外で言い争いをするような声が聞こえた。


 その場でじっとしていることしかできないが、いつでも逃げ出せるようにアイオライトは外の様子を窺い続けた。


------------


「ヴィンス! 前に馬車が二台停まっているのが見えるか?」


 イシスを出たラウルは、新しく出来たと思われる轍を見つけ、その後を注意深く追いかけていた。

 アルタジア王城まであと数十分と言ったところで、何故か馬車が二台、停まっているのが見える。


「どちらもガルシアの馬車じゃないか。一団から離れたのは一台って話だったろ。じゃぁなんで二台あるんだ」

「確かに報告では一台だけだったはずだ」

「状況が変わったって事か……。ここからだとちょっと距離があるな。下手に近づくより様子を見るか?」

「風魔法で音が拾えるかやってみるわ」


 ジョゼットが風魔法を発動させると、ゆるゆるとそよ風のように周りの空気が動く。


「やはり言い争いをしているようね」


 ラウルにも、風に乗って言い争いをしているその声が聞こえてくる。

 ガルシアの第一王子の名前はアシュール、第三王女はユクタ。

 聞こえてくる会話の中から二人の名前が出てきている。

 やはり第一王子と第三王女があの中にいることは間違いないが、会話からすると別の誰かにかなり怒りをぶつけるような口調で話をしているようだ。


「距離を取って話を聞くのも限界があるな……。もうこの際仲裁するフリでもて話を聞くか」

「いい提案だな。ヴィンス」


 わざと蹄の音が聞こえるように、堂々とした態度でラウルはその二台の近づく。

 見ると男が二人と女が二人に、従者が二人。


「何かお困りですか? 夜も遅い。もしよろしければ王城で話を聞きましょうか」


 この馬車のどちらかにアイオライトがいるかもしれない、という自分の焦りが相手にわからないように、極力丁寧にラウルは言葉を紡ぐ。

 王子である外面を大いに発揮しながら、目線も馬車にはなるべく向けないように。

 

 一人、男が振り返るとそこにいた全員の視線がラウルに集まる。


「私はアルタジア王国第三王子、ラウル・ドゥ・アルタジア。怪しいものではありませんよ」

「名乗りをありがとう。私はガルシア帝国が第一王子、アシュール・ガルシア」


 警戒されないようにラウルはなるべく穏やで、しかし紳士的な表情と態度で名乗りを上げる。

 さらにその後ろにはヴィンスとジョゼットが控えている。


 それぞれの国の王子であることを示すものはお互い何もないが、王族独特の雰囲気があるので間違いないだろうとラウルもアシュールも直感で感じた。


「ラウル殿下、イシスでお会いしたのはそちらの方です」


 ヴィンスの視線にいたのは白髪の好々爺。

 アシュールとユクタの後ろに控えていたがヴィンスとジョゼットを見つけて話しかけてきた。


「おぉ。あの時のお二方でございましたか。イシスの街では大変な失礼を。宿まで手配していただきましたが訳あって夜中の内に出ることとなってしまいまして……。アシュール様、ユクタ様」

「この者が街での手配をしてくれたのか。明日食事に伺おうと思っていたのだが、すまなかった」


 好々爺から出た名前はガルシアの第一王子アシュールと第三王女ユクタ。

 ではその後ろにいる男女と大男は誰だ……。


「アシュール殿、後ろにいる方々は?」


 ラウルが声をかけると、後ろにいた男の肩が大きく揺れた。


「すまぬ。我がガルシア帝国第十王子のアニクと、第十王女のカイラだ。式典には私とユクタが参加すると返事をしたはずなのだが、どこから聞きつけたのがこのアニクとカイラが勝手に国を出てしまって。私達も少数の供を連れて出てきたが、ようやくここで捕まえたのだ」

「アシュール様の制止も効かないばかりか、アシュール様とユクタ様の名を騙ってアルタジアに使いを出していたようでございます」


 アシュールがアニクとカイラを睨む。


「第一王子だからと言って優遇されているのも今の内だ。オレはこの国で黄金の瞳を持つ者を見つけたのだからな。第十王子からでも成り上がって見せる」


 アニクは、恐れもせずに第一王子であるアシュールをさらに睨みつけている。

 二人のガルシアの王子が睨み合っているが、ラウルとヴィンスとジョゼットからすればそんなことはどうでも良かった。


「お前が、イシスの街でアオを攫ったのか」

「アオ? なんだそれは」

「紺青の髪に金の瞳の……」

「攫ったとは心外だな。しかしラウル殿下もご存じか。華奢な男であるが、あれは美しい。国に連れて帰ったらオレの情夫でもしようと連れてきている」

「しかも料理も上手なのです」


 アニクとカイラが自慢げに話す。


 その瞬間、ヴィンスとジョゼットから背筋が凍るような殺気が放たれた。


 攫ってきた黄金の瞳を持つと言う男は、恐らくアイオライトの事だとラウルは確信した。

 恐らく二人も同じようにアイオライトだと確信したのだろう。


 その殺気を察知したのか、馬車の後ろで髭を蓄えた初老の大男がこちらを窺っているが見えた。


「金の瞳を持つ者だから、何だと言うのだ……」

「ラウル殿下。我が国では黄金の瞳を持つ者を伴侶や愛人などに迎えると、幸運が舞い込むと言われているのだ。実際黄金の瞳を持つ者を迎えた時代は、気候も安定し繁栄した記録が多々残っている」

「だからと言って、他国の人間を攫うのは貴国では許されているのか?」


 アルタジアでは奴隷を扱うことはない。

 人身売買なども以ての外だ。

 国によって制度が違う事は分かっているが、他国の民を勝手に攫うなどとは到底許されることではない。

 それが自分にとって大切なものなら尚更だ。


「そんな、他国の者を攫うなど!」

「しかし彼はその者を連れて帰ると言っている」

「アニク! 了承の上なのか!」

「了承、と言えば了承でしょうかね」

「アニク殿とカイラ殿はアシュール殿の制止も効かずに国を出たのでしょう。私には信じられませんね。その者と会わせてください」


 何とか良い王子の顔で対応できているが、アニクの曖昧な物言いにそろそろラウルの我慢が限界に達しようとしていた。

「その者も了承しているのですから、ラウル殿に会わせる必要はないかと思いますが」

「俺に黙ってアオが了承なんてするはずないよ」

「は? あなたの所有物でもないくせに、何を言っているのやら」


 鼻で笑うようにアニクがそう言い放った瞬間、ラウルの我慢の限界がやってきた。


「アオを物のように言うな」


 何かが頭の中で焼き切れるような感覚があった後、ラウルの身体から魔力が溢れ出した。

 溢れ出した魔力は蜃気楼のように揺らめいている。

 普段は無色だが、今のラウルの身体から溢れる魔力は怒りのせいか赤く煌めいて見えた。


 アルタジアが誇る最高位冒険者のヴィンスとジョゼットも気圧されるほど、全てのを絶対服従させるような圧倒的なラウルの魔力が、この場を支配していた。


 その魔力の前に、アニクとカイラは青ざめ、すぐさまひれ伏す。

 ガタガタと身体が震え、王族としての矜持を忘れてしまっているようだ。

 アシュールとユクタはさすがと言うべきか、額から汗が大量に噴き出しながらもなんとか膝を折らずに立っている。


 視線を移すと、馬車のそばにいたはずの髭を蓄えた初老の大男は、魔力に当てられ気絶しているのが見える。

 

 ラウルの行く先を邪魔するものは誰もいない。

 馬車に向かってラウルが歩き始めると、アシュールがアニクを引っ張りながらついてきた。

 

「アニクが連れてきたと言う方は、了承などしていないだろう……、それならばけじめをつけなければならない。近くまでご一緒させてもらおう」

「構わないですよ。ヴィンス、すまないがカイラ殿とあの大男が変な動きをしないように見ていてくれ。何かあればすぐに動けるようにしておけ。ジョゼットは俺と」

「「はっ」」


 ヴィンスはすぐに馬車に駆け寄りたい衝動に駆られながらも、ラウルの指示に従う。


「こちらの馬車がアニクとカイラが乗っていた馬車です。中を改めてください」

「そうさせてもらう。ジョゼット、何かあればすぐに呼ぶ。それまではここで待機だ」

「はい。承知しました」


 アシュールは何もしないとは思うが、アニクは仕掛けてくるかもしれない。

 ジョゼットを見張りにつけ、ラウルは馬車に乗り込む。


 アルタジアの馬車とは作りが違う。

 大きめの馬車は前部分が室内で豪奢な作り。後ろは荷物などがある幌部分だ。


 馬車の前半分を改めるが何もなかった。

 後ろの幌部分に入ると、絨毯が敷かれ木箱がいくつか積まれているのが見える。


 その木箱の間に、青い色が見える。

 アイオライトがいつも着ている青い服(ブルースーツ)の色だ。

 ラウルが見間違えるはずがない。


「アオ?」


 大きくはない幌の中で、ラウルは近づきながらそっと名を呼んだ。


「……」


 木箱の間からくぐもった声が聞こえ、そこに見慣れた青い服(ブルースーツ)を着たアイオライトを見つけた。


「アオ!」


 ラウルはアイオライトのぬくもりを感じたくて手を伸ばしたが、見ると後ろ手に縛られて猿轡までされているのを目にして顔が歪む。

 頬に涙が流れたような跡まである。 

 拘束されている手をほどき、猿轡を優しく外す。


「ふは……。ありがとうございます。いてて……」

「アオ、これは?」


 ラウルはアイオライトの左手首に触れた。

 先ほどまで拘束されていたものとは明らかに違う、赤黒い痣がある。


「あ、なんか顔の明日濃い二人と大男が来てですね、えっとカレーを出したときにその一人に掴まれて……」


 しどろもどろで説明していると、いつもよりもずっと低い声でアイオライトに聞く。

 ラウルの表情が何故か痛そうだ。


「他に、何かされた?」

「されたと言うか、大男に背中を叩かれて、びっくりするほど痛いですけど、あの、ラウル? どこか怪我とか……?」

「俺は平気。アオ、背中、見せて……」

「見せてと言われましても……」


 そこはアイオライトも一応女子。

 なけなしの乙女心を使って恥じらいをアピールするが、ラウルの目は真剣だ。

 

「えっと、じゃぁ……」


 青い服(ブルースーツ)の前ボタンを外しつなぎの上部分を脱いで、シャツだけになる。

 汗でべたべたするのであまりラウルには触って欲しくないと、こんな時でも思ってしまう。


「自分で見えないんでどうなってるのかは……」

「ごめんね。痛かったら言って」


 そう言ってラウルはシャツをそっとめくって背中を見たが、すぐに下した。

 アイオライトの白い華奢な背中。右肩から左側の肩甲骨まで、赤黒い痣が走っているのを見たからだ。


「ジョゼット!」


 すぐにジョゼットを呼ぶ。


「あ、母さん!」

「アオ……。無事でよかった……」


 ジョゼットは優しく抱きしめたつもりだったが、背中の痛みにアイオライトの顔がゆがむのをみて、背中を確認する。

 先ほどラウルが見たものと同じものを確認して息を呑んだ。


「アオ、これ飲みなさい」


 そう言って、アイオライトが作ったエリクサーを腰の鞄から取り出した。


「あ、ありがとう。すっごい痛かったから助かるよ」

「仕事の時の癖で、アオのポーション持って出てきてよかったわ」

「母さん、何泣いてんの? 痛いけど、大丈夫だよ……」


 ジョゼットの背中を叩きながらアイオライトがポーションを飲む。


「ぷはー。冷えてないけど美味しいよね」

「打撲と痣がどれぐらいで治るかわからないし、お願いだから俺を安心させて」

「わっ」


 そう言って、ラウルはアイオライトを抱きしめた後、横抱きにして馬車を降りた。


「ラウル殿……。その者が?」

「えぇ。私の大切な人です」


 馬車を降りると、アイオライトの知っている顔と知らない顔が入り乱れている。


「あ……、ラウル。あの人たちですよ。店に来た男の人と女の人。あと、自分を殴った人」

「あの三人だね?」


 アイオライトが店に来た三人をそっと指さす。


「それで、あの、この人は?」

「あぁ、この人はガルシア帝国の第一王子、アシュール殿だよ」

「こんばんは。アイオライト・キジュ・ユレルと申します。こんな格好ですみません……」

 

 すみませんとは言いつつ、アイオライトは真っすぐアシュールを見て挨拶をする。

 アシュールは店に来た美男美女と同じようなエキゾチックな顔立ちの、目元がとても優しい美青年だ。


「あの三人が危害を加えたと言っている。残念だが貴国の第十王子と王女とはいえ捕縛することにする」

「異論はない……。寧ろ本当に申し訳ない。しかし、本当に黄金色の瞳なのだな。この少年は……」

「アシュール殿、アオは女性だよ。彼女を見て少年だなんて……どうかしている」

「すまない」


 そう言ってラウルは、より一層アイオライトをしっかりと腕に抱き込んだ。


「ラウルだって始めは自分の事、男だって思ってたじゃないですか」

「あ、アオ! 今それをばらしちゃ締まらないじゃないか」


 ラウルはバツが悪そうだが、楽しそうに笑っている。

 その表情はとても穏やかなのだが、なんだかいつもと少し違う気がするのだ。

 何が違うのか、はアイオライトには上手く表現できない……。


「あの、自分もしかしなくても攫われてましたか?」

「そうだね。もしかしなくても攫われちゃってたね」

「明日、店開けられますかね」

「何言ってんの? しばらくお店はお休みだよ」

「でも、お客さんが心配しますから……」

「アオ、俺だってこんなに心配しているのに、それは考えてくれないの?」


 じっとラウルが見つめると、アイオライトもラウルを見つめ返す。


「お願い。アオ」


 そうラウルが呟いて、耳にかすかに柔らかいものが当たる。


「?」

「ごめん、でも……」


 さらにもう一度、今度は頬に……。

 今度はキスだと、アイオライトにもはっきりわかった。


「なん、なん、でででで?」

「なんでって好きだから?」


 顔を真っ赤にして腕の中でモダモダとしているアイオライトを、愛おしそうに見つめて腕に抱いたままラウルは馬に向かう。


「さぁ、アシュール殿、ユクタ殿、馬車の準備が出来たら城に参りましょうか」

 

 物凄く甘い何かを見せつけられているアシュールだが、その言葉でやっと我を取り戻した。


「あ、はい。サイ! 準備できるか」

「承知いたしました。しばしお待ちください」


 サイと呼ばれた白髪の好々爺が、先ほどのラウルの魔力に当てられた馬を落ち着かせつつ、馬車の準備を始めた。


「ヴィンス!」

「はい」


 ヴィンスを呼ぶと何とも言えない顔をしながら、なんとかラウルの近くに寄る。


「アニク殿とアイラ殿とそこの大男を拘束し、ジョゼット共に先に城に向かえ。この件については国王の指示も仰ぎたい」

「承知しました」


 ジョゼットはちらりとラウルを見て頷き、馬車の準備に取り掛かったが、ヴィンスはその場からは動かず、歯を食いしばっている。


「ヴィンス……。その、なんだ……」


 先ほどの大胆な自分の行動が咎めらえるのかと待っていたが、なかなか動かないヴィンスがようやく口を開いた。


「ラウル殿下、今回はアオを助けていただいてありがとうございました。父として感謝申し上げます。アオ、本当に無事でよかった。では私は先に城に向かいます」

 

 ヴィンスはジョゼットと共に、準備していた馬車に拘束した三人を乗せて城に向かって行った。


「ラウル殿、私達も準備できました」

「では、参りましょうか」


 アシュールの準備が終わり、ラウルは出発の合図を告げると、馬にアイオライトを乗せ抱き込むように後ろに座った。


「この度は、ご迷惑をかけしてすみませんでした」

「迷惑なんて、全然そんなことない。むしろ俺がそばで守ることが出来なかった事が、本当に悔しい」


 ラウル達は第一王子のアシュール達がアイオライトを攫ったと考えていたが、実際は第十王子のアニク達が画策した事であった。

 アニク達がどうやってイシスの街に入ったのかについては、王城での取り調べを待たなくてはならない。


 ただ、どうにかアイオライトを見つけることが出来て本当に良かったと、ラウルは腕の中のぬくもりに幸せを感じつつ馬を走らせていく。

 幸せを感じさせてくれているその本人は、エリクサーが効いてきて背中の痛みが薄らいだのか、今はラウルの腕の中で器用にバランスを取りながら眠っている。

 

 さっきは顔を真っ赤にしていたから、今回はちゃんと伝わったはずだ。

 アルタジアの王城まではあと数十分ほど。


「今は安心して眠って」


 アイオライトを起こさないように、ゆっくりとラウルは馬を歩かせた。

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