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アイスキャンディー -後編-

 特に目覚ましをかけていなかったが、昼前になろうかと言う時間にラウルは目を覚ました。

 寝れるか不安だったが、途中一度も目を覚まさすことなく熟睡していたようだ。

 さて、アイオライトが起こしに来てくれると言っていたがどうしようか、とベッドの上でラウルが思案していると階段を上がってくる足音がラウルの耳に聞こえる。


 足音が二人?

 ジョゼットかヴィンスが一緒なのだろうか。

 起こしてくれるなら出来ればアイオライトだけでいいと思いながら、ラウルは寝たふりをしてドアが開くのを待っていた。


 控えめなノックの音がして、ドアが開く。


 アイオライトの僅かに息を呑む音が聞こえて、ラウルに近づいてきている。

 気配は相変わらず二人のようだ。

 

 ラウルは薄目を開けて様子をうかがうと、自分の顔のすぐそばにアイオライトがいるのが見えた。


 誰かに聞こえるのではないかと思うほど、心臓が大きな音を立て始めたが、さらにその後ろにリチャードの姿をとらえたことで、猛烈な勢いで通常モードに納まっていく。


「これはですね、ここを押すと写真が撮れるんです」

「精巧な絵の事だな……。カリン嬢に確かにそう教わった」

「ラウルの寝顔をこっそり撮ってもいいですかね……」

「平気だと思いますよ?」


 何をしているのか全く分からないが、ラウルは寝たふりを続けた方がいいのか迷いながらじっとしている。


「えへへ、これは家宝にします!」

「アイオライトはラウルの事、好きですよね」

「好きですねー。」

「あまり否定をされませんね」

「リチャードさんが焼き餅を妬いたら困りますが、自分、ラウルとは親友ですから」

「ほぅ、それはそれは、いつの間に。それは少し妬けますね」


 全然妬いてないけれど……、とリチャードはちらりとラウルを見る。

 あっさりとした《好きですね》、の言葉に体が少し動いてしまったのか、はたまた最初からか、リチャードには寝たふりをしているのがばれているようだ。


 ばれているなら仕方がないので、ラウルは今起きましたと言わんばかりに軽く伸びをしてベッドから起き上がる。


「起こしに来てくれてありがとう、アオ」

「いえ。でも、うるさかったですよね……、すみません」

「別に、うるさくないよ」

「ラウル。遅いお目覚めだな」

「おはよう。リチャード。お前の声はうるさかったけどな」


 それにしても、先ほど何かを撮ったとアイオライトが言っていたが、その手に持っている薄い板のようなものでだろうか。

 ただの板に見えるが、ただの板なら別にこの場に持ってこなくても良いだろう。


「ラウル、リコ嬢は相当な発明家だよ。これはちょっとまだ表には出せないが、これを渡されてきた」


 そういってリチャードはその発明品をラウルに手渡した。

 使い方は不明だが、薄い板に黒い面。ラウルはいったい何に使うのか全く予想がつかないまま少し触ると、急に黒い面が明るくなった。


「なんだこれ……」

「これは、スマートフォンっていって、電話とかメールが出来たり、写真や動画を保存したり出来るものです」


 アイオライトが説明してくれるが、ラウルにはまったくもって意味が分からない。


「でんわとめーる、しゃしんとどうがを保存?」


 このスマートフォンを持つ者同士が場所が離れていても会話が出来、文も一瞬で届くと言う。写真は精巧な絵で、動画はその精巧な絵が動くようだ。名前が長いので縮めてスマホと呼んでいると楽しそうにアイオライトは言った。

 以前リコとカリンがコルドの街で見せていたと言う精巧な絵を映し出し、何度も同じ音楽が鳴る箱と似た様なものだろうか。

 

 しかし……。


 現在アルタジアは、他国の脅威にさらされていないとは言え、これから先を約束するものではない。

 騎士団の他に諜報部なども常に周りの国の情報を集めて、警戒をしている。

 遠く離れたその情報が、詳細な絵と文書を伴って一瞬で手に入る。

 自国にある分には脅威ではないが、他国に渡ってしまったら恐ろしいことになる。


 そう考えていたであろうラウルを先読みするよう、リチャードが説明を続ける。


「ラウル、その点は問題ないと思われる。リコ嬢の説明によると初めに魔力を登録したもの以外は使うことが出来ない仕様で、無理矢理解体して魔術回路などを見ようとするすれば壊れる仕掛けを施しているそうだ。他国に渡ったとしてもただの板が破損するだけだ」


 ラウルは少しだけ目を閉じた後、大きく吸った息を勢いよく吐き出してアイオライトに伝える。


「なら安心か。さすがにこれは驚くな。どうするかはまた国王と話すか……。アオは使い方はすぐにわかったの?」

「はい、リチャードさんに魔力の登録を教えてもらった後は……、雲の上の世界でも似たようなものを使っていたので」


 写真と動画も撮れるなんて推し活に力が入るぜ!とスマホだと気が付いた瞬間にアイオライトが考えたとは、目の前のラウルとリチャードは知る由もない。


「魔力の登録は自分があとでラウルにお教えしますね!」

「ありがとう。そうだ、リチャード、ヴィンスとジョゼットが今いるから会っていけばいいよ」

「その二人を城に連行するのも今回の役目だ」


 リチャードは、カリンから預かったスマートフォンをアイオライトに渡すために来たのだが、呼び戻したヴィンスとジョゼットがいまだ城に来ないので、金の林檎亭に二人がいたらなんとしてでも一緒に連れて戻るようにと国王から内密に頼まれていたのだ。


「連行って……。まぁ、わかるけど」

「だろ? あの二人は面倒くさいが、国王直々の頼まれごとだからな」

「え? 父さんと母さん、もうどこかに行っちゃうんですか?」 

「ヴィンス様とジョゼット様は、冒険者ギルドと国王との謁見をほったらかしにして、先にこちらに来てしまったので……。終わればまたすぐにこちらに戻しますよ」


 城にいても、リコやカリン、レノワールもいるので相乗効果で何をしでかすかわからない。

 リチャードは考えただけでも肝が冷える思いである。


「お昼を食べたらお城に向かうと、夕方ですね。リチャードさんもご一緒にお昼どうですか?」

「久しぶりに金の林檎亭の食事が食べられるなら、喜んで」

「アオ、お昼はなに?」


 大きく胸を張って、アイオライトは笑顔で答えた。


「今日はライスコロッケです」


 昼から少し重めだが、睡眠も少しとって体力も少し回復したであろうヴィンスとジョゼット、ラウルには良いかもしれないと、ライスコロッケを作ることにした。

 元々オムライスが人気なので、中のケチャップご飯は客の大半に受け入れられるはずだ。三人に味見してもらって、問題なければメニューに入れるのもいいとアイオライトは考え

た。


 細かく切った玉ねぎ、人参、ピーマンを油で炒めて、さらにご飯を入れて塩と旨味粉、自家製ケチャップを入れて混ぜる。

 旨味粉は前世で言うコンソメ粉で、アルタジアでは一般的に普及している調味料である。


 ご飯が冷めたらおにぎりより一回り小さいぐらいの大きさで、中にチーズを入れて丸め、小麦粉と卵、パン粉を付けたらいい色が付くまで油で揚げて出来上がり。

 

 付け合わせは大きめに潰したジャガイモに、マヨネーズ控えめのポテトサラダ。ヴィンスとジョゼットの好物でもある。

 あとはコーンスープを用意した。

 定食で作る時はこれに小さなサラダを付けようと考えているが今日はなし。


「父さん、母さん、そろそろ起きて! お昼ご飯にしよう!」


 ラウルとリチャードは先に店に降りてもらって、アイオライトは両親を起こしに部屋に入ると、二人で寝るには小さいのに同じベッドで寝ていた。


「起きてー!」


 ヴィンスとジョゼットを揺り動かして無理矢理起こす。

 

「二人で寝るにはちょっと狭いんだから別々で寝たらいいのに」

「くっついて寝たいものなのよ。ね、ヴィンス」

「そうだな、ジョゼット。アオも大人になったらわかるわよ」

「もう! 仲がいいのは分かったから、お昼にしよ。あと、リチャードさんが父さんと母さんを迎えに来てたからね」

「「あ……。忘れてた」」

「ちゃんとお城でご挨拶したら、また帰ってきてくれる?」


 愛娘のおねだりに否やはない、とばかりにすぐさま返事が返ってきた。


「すぐに帰ってくる!」


 寝ぼけた顔が急にキリッとして、意気揚々と一階へ向かう両親を見ながら、アイオライトは満足した顔でその後ろをついていく。

 

「ちょっと待っててくださいね」


 下ごしらえはすでに終わっているので、あとはライスコロッケを揚げるだけ。お茶を出してから厨房に入る。


「アオのお茶は、回復効果があっていいんだよな。睡眠も休息も大事なんだが、これがまた格別なんだよ」

「あと、健康ドリンクね。エールに劣らないシュワシュワ感が堪らないのよね」


 両親はアイオライトが錬金の魔法を使うと知っていての発言なのかがはっきりしない。


「ヴィンス、アオの健康ドリンクは……」

「ポーションだろ? 知ってるよ」

「ポーションでもあるのだが……」


 先日の鑑定の結果をラウルは告げると、驚きはしていたが、なんとなくポーションであろうという事だけは分かっていたとヴィンスは言う。


「モンスターの討伐から傷だらけで帰ってきても、これを飲めばすぐに治るしな。それに俺の母さんが作る健康ドリンクはあんなに美味しくないし。アオもなんでか内緒にして欲しそうだったから、俺達も特に追求しなかったが、エリクサーとは驚きだな。あぁ、それで王妃様は……」

「たまたまだが母上がアオの作った食べ物を口にして、さらにはエリクサーを飲んだのでおそらく完治したと思う。アオには感謝しかないよ」


 ラウルがアイオライトの護衛についているのは手紙で知ってはいたが、理由は明記されていなかった。

 ヴィンスもジョゼットも、愛娘がエリクサーを作れる錬金の魔法の使い手となれば護衛についていた理由に納得がいく。

 

 錬金の光の魔法を使うとはいえ、何も変わることはない。

 二人共、今まで通り、いや今まで以上に娘を全力で愛するだけだ。

 ただ、護衛として親である自分たちが一緒にいられないのが悔しいが。


「俺にとっては錬金の光の魔法の持ち主かどうかなんて、もう関係ないけどね」


 厨房の中のアイオライトを見るラウルの表情は穏やかだ。

 しかし、ヴィンスもジョゼットも、ラウルの瞳の奥にある熱は見逃さない。


「愛だな」

「愛ね」

「アイオライトはどちらなのでしょうかね」


 リチャードの一言に、アイオライトに熱い眼差しを向けるラウルを揶揄いたくなる気持ちと、親としての葛藤が高まった時、いい匂いが近づいてきた。


「何が愛なの? 父さん、母さん」


 大皿にゴロゴロと乗せたライスコロッケに、さらに上からケチャップをかけてある。

 ラウルは王子でもあるが、ヴィンスもジョゼットと知らぬ中でもないようだしそこまで畏まったことは好きではないはずなので、大皿にして出すことにした。

 ポテトサラダも大皿に入れて、好きなだけ食べられるスタイルである。


「何でもないよ。わぉ、相変わらずアオの作る飯は旨そうだな」

「美味しいって言ってもらえるのは嬉しいけれど、そんなに褒めたって何にも出ないよ。さ、冷めないうちに食べてね」


 各々が好きなように取り皿に乗せ、食べ始める。


「これ、コロッケみたいなのに中がケチャップご飯なんだ。しかもチーズが入ってる」

「ラウルはオムライス好きですから、これも好きだと思ったんですけど、どうですか?」

「すっごく美味しい。何個でも食べれるよ」

「リチャードさんもいかがでしょうか」

「これは、カレーを混ぜたご飯でも美味しいのではないかと思うがどうだろうか」

「それいいですね! 選べるようにしておきましょう」

「お前、ほんとカレー好きだな……」

「あれは至高の食べ物だからな」


 ワイワイと食べ進める若者を見ながら、ヴィンスとジョゼットは少しだけ目を細める。

 仕事柄どうしても家を空けがちで、捻くれて育ってもおかしくなかったはずだが、よくもまぁここまでちゃんとした子に育ってくれたと思わずにはいられない。

 イシスの街でアイオライトを見守っていてくれる人たちには常に感謝しているが、さらに傍にいる人間に恵まれたようだ。

 一人はさらに上を目指すようだが、さて、この鈍い娘をどう落としてくれるのか楽しみである。

 と、ジョゼットが手を伸ばしたポテトサラダをまじまじと見た。


「このポテトサラダ……」

「父さんと母さん好きでしょう?」

「覚えててくれてる……。父さん感激で泣いちゃう」

「覚えてるに決まってるじゃん……。うわっ」


 照れくさそうに、でも嬉しそうにしているアイオライトがあまりにも可愛すぎて、ヴィンスとジョゼットは両サイドから頬ずりをし始める。


「アオ、いい子に育ってくれてありがとう」

「まだ嫁に行かないでー!」

「ちょっと、やめてよ!! ちゃんとご飯食べて! 食べ終わったらアイスだから」


 あまり家には帰らないと言っていたが、どうしてこれは良い両親ではないか。

 愛情深く育てられたのが見ていてわかる。


 正直面倒くさい二人ではあるが、アイオライトへの愛情は本物で、ラウルはいい両親だなと思い直していた。


「ラウル王子にはこのポテトサラダはやらん」

「ちょっと、父さんなんでラウルにはそんな意地悪ばっかり言うの!」

「父さんはまだ娘を嫁にやるわけにはいかないからだ」

「自分まだ十七だし、相手もいないのにお嫁になんかいかないよ」

「お嫁には、いかないらしいよ」


 ヴィンスとジョゼットがラウルを見てニヤリと笑う。


 前言撤回。


「アオ、お腹いっぱい。ごちそうさま。さぁ、アイス食べよう。俺、さっきのライスコロッケ美味しすぎて、急いで食べたらちょっと火傷しちゃったんだよね」

「それは大変です!! アイスキャンディーで冷やしましょう」


 アイオライトに甘えられるのは、ヴィンスとジョゼットだけの特権ではないのだと見せつける様に、ラウルはアイオライトの手を取り、エスコートする様に厨房に向かう。

 冷蔵庫から取り出して準備している様だ。

 なんとも楽しげな声が厨房から聞こえる。

 

「うちの主、独占欲強すぎて笑っちゃいますね」

「なんで付き合ってないのか不思議ね」


 持ってきたアイスキャンディーはコップを少し水で濡らして、中を溶かし取りやすくなっているようだ。

 目の前に出されたリチャードが口に入れると、品の良いすっきりとした甘さがクセになる。


「うちの娘はまだ嫁にはやらんからなっ」

「まだ、ですね? ではいずれ」


 ヴィンスはニヤリと笑い、ラウルは穏やかな笑みを浮かべながら、アイスキャンディーを口いっぱいに頬張った。


 甘く響く主人の声は、ジョゼットと話をしていて聞いて欲しいアイオライト本人には聞こえていないようだ。


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