楽しい休みの過ごし方
アイオライトはこの世界の食事処では珍しく休日を設けている。
本当は週休三日制にしたいところだが、客商売では難しいので、朝のみの営業を地の日、翌日の火の日を一日休みにして週休一日半の固定休を確保している。
曜日感覚は前世の五大元素に似ていて、月、地、火、水、風、空、天の七日間で一週間だ。
適度に休まないとモチベーションを保てないのは、前世しっかり週休二日を確保していた名残だろうか。いや、一年を通して年の終わりと始まりにしか休まない今世の人々が働きすぎなのだと思う。
今日は朝の最後のお客様を見送った後、店内を片付け久しぶりに洋服店に行くことにした。仕事中に着ている青い服を新調するためである。
イシスの街の東側にある商店が多く並ぶ通りがあって、大体のものはそこで揃う。前世で言えば商店街だろうか。いつ来ても活気があって楽しい気分になる場所だ。
これから向かう洋服店『虹の花束』はメインロードからは少し外れた横道にあり、古着と新しい服、さらにはオーダーメイドも扱うなんでもござれの、庶民向けのお店である。
「いらっしゃい。随分ご無沙汰だったじゃない。今日も青い服?」
お店のドアをくぐると開口一番アーニャが声をかけてきた。
「うん、青い服と、今日は普段着を数枚買っておくよ。」
この『虹の花束』のアーニャとは今世の幼馴染である。
淡い栗色の髪に、穏やかそうな垂れ目、着ている服も清楚系で穏やかな雰囲気を醸し出すくせに、アーニャは口調がきつくて見た目とのギャップが結構酷い。
「新作作ったからちょっと袖を通してみてよ!」
「いや、どうせフリフリの洋服だろ?自分には似合わないから勘弁してよ」
「その顔でなんてこと言うのよ」
「その顔って……」
自分の顔面偏差値はそれなりにいいとは思っている、が、世の中にはもっと綺麗な人が沢山いるはずだ。
現にお店によく来てくれるラウルはかなりのイケメンで、これは乙女の理想の詰まった王子様が現れたぞ、と思ったほどだ。それに比べて自分は中途半端なのだ。
「ちっ、わかってない、わかってないよ! その中性的な顔と体、花が咲く一歩手前のような……、一気に大人になる直前のような妙な色香もあってさ、その絶妙なバランスをわかってない!」
自分に対するアーニャの評価が怖い…。
絶妙なバランスと言うが、ペラい身体の自分が残念なのだが……。
「そんなバランスなんてわかりたくもないよ……。ん〜、とりあえず新調する服は、これとこれがいいかな」
新緑色のブラウスと紺の白のボーダーのシャツ、カーキのズボンを選んだところで、ストップがかかる。
「アオが考案した服ばっかりじゃない。たまには私の考えた服を着てよ」
「自分が好きなものを作ったんだから、そればっかになるのはあたりまえじゃん」
そう、この世界にはあまり自分が着たい服のデザインがあまりないので、形や生地の具合などをアーニャと試行錯誤しながら作ったのだ。
虹色の魔法で作り出した植物繊維から、収縮性のありそうな繊維で作った糸を使用している。その糸で布を作り畑仕事用のジャージ的な生地にしてもらったし、もうすぐデニム生地が出来上がりそうなのでジーパンを履ける日もまもなくである。
ちなみに虫除けの効果があって、畑仕事には最適な生地である。
ただし、ジャージもどきもデニムもどきもアイオライト専用である。生地にかかったバフが公になるのを防ぐためである。
「うーん、じゃぁ、これかな。」
アーニャの眼力に耐えきれず、男性用の半ズボンを選ぶ。少し丈が長めなので膝丈で履けるしこれから夏が来るので涼しくていいだろう。
「しょうがないなぁ。次は気に入るデザイン考えておくからちゃんと着てね。」
「わかったよ。青い服を取りに来た時に洋服が出来てたらね」
「どうせ出来ないと思ってるんでしょ!」
「そんなこと……ないよ?」
「思ってるじゃない! キーッ! 覚えてなさいよ!」
「残念、多分覚えてないよ。じゃぁまた二週間後」
……そんなに速くは出来ないだろうと高を括って約束してしまったことを後悔するのは、約束通り受け取りに行く二週間後である……
アーニャとの不毛なやり取りを終え『虹の花束』を出て、さて今日はこの後どうしようかなと歩き出した。
長年暮らしていても、この街は大きすぎて実は知らないお店も多い。
このままブラブラ歩き回って新しいお店に出会うのもまた楽しい休みの過ごし方だ。
「お! アイオライトじゃないか。今日はいい花が入ってるよ。よかったら見ていってちょうだい」
花屋のおばちゃんがアイオライトに声を掛けてくれた。
「わぁ! ほんとだ、お店の中見ていっていい?」
「いいわよ〜。ゆっくり見ていってちょうだい。あ、今日はクッキー焼いたから食べて」
両親があまり家にいないので、昔からの知り合いはなんだかんだと構ってくれる。
決して嫌ではなく、言葉にするのは難しいが、強いて言えばみんな祖父母のような親戚のようなほどよい距離感で心地いい。
一口ぱくりと頬張る。
「おいしいね!」
素朴な味わいがホッとする。
心もポカポカしてきた。
しばらく花を見ながらゆっくりしていたら、夕陽が空を染め始めていた。
今日もまぁおだやかだったかなと、ほっこりしながら帰路に着いた。
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アイオライトがアーニャとの攻防を終えた後、『虹の花束』に、一人の少女が訪れた。
その少女は漆黒の髪に赤い瞳が印象的であった。
「さっきの子に似合う服、私ならデザインできる」
目を細め挑戦的に微笑むその少女は、フリルやリボンで服を飾っているのに貴族が着るようなドレスでもない服を着ていて、なんともカッコ可愛く、そのデザインにアーニャは心を奪われていた。
「私と組んでいい服を作ろう」
「うん」
自分の着てみたかったまだ見たこともないデザインの服を自ら着る目の前の少女に、握手を求めた。
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