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呼び名

「ねぇ、なんであの子達、あんなに元気なの?」


 フィンがタオルの準備をしながら溜息をついた。


「俺達とひとつしか違わないのに、あの無尽蔵の体力が羨ましいな」


 リチャードも元気有り余る女性陣が、海から上がるのを待ち構えている。

 その横ではレノワールが、ビーチチェアに横になりながら洋服のデザインをしている。


 アイオライト、リコ、カリン、レノワールの四人は、ラウル達が起きる前からすでに温泉に入り、朝食を済ませ、温泉街をひと回りした後、ロビー横のラウンジでベルツァの名物である酒饅頭を頬張っていた。


 自分達が護衛対象なのをわかっているのかいないのか、自由が過ぎるとリチャードの雷が落ちたのは言うまでもない。


「リコ嬢とカリン嬢はちゃんとお披露目があるまで俺達のそばを離れちゃダメだよ」

「は〜い」


「なんでフィンの言うことは聞くの?」


 フィンが注意すると言う事を聞くのが不思議で、ロジャーがカリンに聞くと、


「リチャードが引率の先生、フィンが優しい先輩役だから。先生より優しい先輩の言うこと聞きたくなるでしょ? ちなみにロジャーとラウルは仲のいい同級生役」


 と言う返事が返ってきたので、ロジャーは言い得て妙だと感心した。

 

 そして今、レノワールがデザインした最新の水着を着て海辺にいる。

 この世界には水着という概念自体がないので、受け入れられるかはわからなかったが、男性陣は全員水着を着ることに対して特に嫌悪感はないようだ。

 すぐに乾くし、汚れを気にしなくてもいいところが良い。とリチャードがレノワールに感想を述べていた。


「これまた目の保養だな。楽園だ」

「しかし、外野の目線がどうにもな」

「そう? 夏なんだから開放感があっていいんじゃない?」


 本人たちは特段気にした様子はないが、目新しい水着を着るアイオライト達に、海辺に遊びに来ている男性観光客の視線が釘付けである。

 

「ほら、ラウルなんか何とか海辺の視線からアイオライトを守ろうと必死なんだけれど、本人も凝視できないっていう面白い状況に陥ってるよ」

「ロジャーもキリッとしたりでれっとしたり、顔が忙しいな」


 アイオライトの水着はその髪の色と似た青のハイネックビキニとショートパンツでお腹がちらりと見えるタイプだ。リコはエスニック柄のキャミミニにパレオ、カリンはすっきりとしたホルタービキニにパレオでリゾート感が溢れている。

 ちなみにレノワールは自分だけ肌の露出が極端に少ない黒のタンキニである。


「あれ? アイオライト海から上がってきちゃったよ」


 その後を追ってラウルも海から上がってくる。


「なんか砂で遊んでる……」


 観察するのも面白いもので、何をしているのかわからないがついつい目で追ってしまう。


「ラウルの顔が笑える……」


 一旦ラウルはアイオライトの横に並んだが、すぐにフィンのところまでやってきて何も言わずに自分の上着をもってアイオライトの元に走って戻っていった。

 自分のシャツをアイオライトの肩にかけて外野の目から守ろうとしているようだ。


「自分のシャツなところが独占欲強し」


 レノワールの一言に、リチャードとフィンが吹き出して笑ってしまう。

 ラウルがちゃんとボタンを留めるように伝えているようで、アイオライトが不思議な顔をしながらもボタンを留め始めたのが見える。


「あぁ~、でも分かってないわね。彼シャツなんてしたら……」


 この距離でもわかるほど顔が真っ赤になったかと思ったら、もう一度こちらに走ってきて、大判のタオルを持ってまた無言で走っていってしまった。


「彼シャツとは?」


 フィンがレノワールに質問をする。


「詳しくは省くけど、彼氏のシャツを彼女が着た状態のことね」

「ほぅほぅ、それは素敵なシチュエーションだね」

「しかし、ラウルとアイオライトは交際していないだろう」

「だからこそよ、アオが無防備に笑うから」

「あぁ、自分のシャツ着てるニコニコしてるアイオライト嬢に、グッと来すぎちゃったからタオル取りにきたんだね」

「そういう事」


 アイオライトとラウルが何を話しているのかは聞こえないが、それでも二人の雰囲気は良さそうだ。


「リコ嬢とカリン嬢はようやく海から出てきそうだな。フィン、あの二人にもタオル準備しておいて。そろそろ帰らなければ。残念だがラウルにも伝えないと」


 リチャードはそろそろ帰る時間だとラウルに告げに行くと、アイオライトの手を引いてすぐに着替えるように伝えていた。ラウルは色々我慢の限界なのかもしれない。

 リコとカリンにもそろそろ帰る旨を伝えた。


「え? もう帰る時間? もう少し遊びたい!」

 

 リコが我儘を言うが、そこはアイオライトがちゃんと止める。


「明日は仕事だからさ。ゴメンね、リコ、カリンちゃん」

「う~、アオが言うなら仕方ない。温泉もう一回入りたかったけれど今回は帰ろう!」

「いいリフレッシュになったわ! 何度もベルツァに来たけれど、海に入ったのは初めてだったし」

「何回目か、数えるのはやめたけど、ね。カリンちゃん」

「うっさい! リコ!」

「また来ましょうよ。式典が終わったら自由にしても良いんでしょう?」


 レノワールの問いに、護衛は付くと思うが今よりは自由になるとラウルが答えた。


「式典も、舞踏会も楽しみね。そういえばいつになったか決まったのかしら」

「あぁ、まだ正式ではないがジーランからの人を招く都合もあるので三か月後ぐらいになりそうだ」


 ジーランから船で半月ほどかかることを考えると、アルタジアから使者を出して、先方の準備なども考えるとギリギリの線だ。

 

「三か月か……、ドレスはアーニャを巻き込めばなんとかなるかな」


 レノワールは虹の花束のアーニャを巻き込む気満々で、明日からのスケジュールを考え始めてしまった。


「ほら、お嬢さんたち、今日はもう帰ろう。帰りはアイオライト嬢が運転するの?」

「はい。多分リコも眠くなっちゃうだろうし、運転は自分頑張ります。眠くなったら途中で少し寝れば大丈夫ですから」

「無理させてゴメン。俺、運転覚えるよ」

「ありがとうございます。運転覚えたら面白いですよ」


 バタバタと温泉に来て海で遊ぶ休日が終わっていく。

 キャンピングカーに乗り込み、アルタジア方面に向けて走り出した。


——————


「みんな疲れちゃったんですね。ラウルさんも寝てて大丈夫ですよ? 自分運転好きなんで」

「いや、運転してもらってるのに隣で寝るのはちょっと……」


 キャビンスペースからは会話は全く聞こえない。

 きっちり仕事をするリチャードすら、今回は疲れて寝てしまっているようだ。

 

「ラウルさん、律儀ですね。そこがまたイケメンなのですが」

「ねぇ、前にも言ってたけど、いけめんって何のこと?」


 アイオライトも少し疲れているのか、ついつい本人を前にしてイケメンと口走ってしまった。

 

「え……とイケてるメンズ? う~ん、イケメンの定義難しいですね。自分の場合はとても好感の持てる男性って感じですかね」

「俺はアイオライトにとって、好感が持てる男って事?」


 墓穴を掘りつつあるが、間違いではない。


「そうですね。ラウルさんはいつも爽やかで優しくて、今も寝ないで自分の横に座って話をしてくれています。仲のいいイケメンのお友達です」


 なんだか不思議な言い回しになってしまったが、まぁ推しで大好き!と言わなかっただけいいだろう。とアイオライトは自分を褒めた。と、ガソリンメーターを見ると、残量が心もとない。


「ラウルさん、ちょっと燃料が足りなさそうなので外に回って入れてきますね」


 なんで車内から燃料を入れるタイプにしなかったのだろうと思うが、固定観念があるのかどうしても外に給油口を作ってしまったようだ。


「危ないから俺も一緒に」

「ありがとうございます。そういうところがイケメンと言ってもいいところなのです」


 車を止めてもキャビンスペースで寝ている六人は全く起きる気配がない。

 そっと運転席と助手席の扉を閉めて外に出る。


「ここを開けて魔力を入れるだけで良いはずです」


 アイオライトは虹色の大きめのシャボン玉を作って、集中して給油口に注ぎ込む。

 普通の魔力を燃料にするイメージが湧かなかったので、虹色の魔法を使って美味しいジュースを作るようなイメージでシャボン玉をいくつか作っていく。


 その光景を、ラウルは夢を見ているような気持ちで見ていた。


「綺麗な色だね。虹色だ。でも魔力が見えるなら普通透明な揺らぎだよね」


 普通生活魔法を使うなら魔力は目に見えるものではない。

 ただし強い魔力が溢れた場合は、透明な膜が体を包んで揺らいでいるように見える。


 しかし、今ラウルが見ているものは、強い魔力ではあるが感じたことのない穏やかな波長だ。


「普通の魔力とはちょっと違うっぽいんですよね。良く分からないんですけれど、美味しくなって欲しい時とか誰かに元気になって欲しい時とかに使うんです」

「美味しく、元気に?」

「はい。ちなみにポーションにこの魔法を使うと、あの健康ドリンクが作れ……」

「? ってことはあのシュワシュワはポーションなの?」

「秘伝の健康ドリンクで、ポーションでもあります……」


 今までは秘伝の健康ドリンクだと言ってきたが、うっかりが過ぎてラウルにポーションだと伝えてしまった。


「ポーションか……」


 ラウルは、あのシュワシュワする飲み物を、ただの美味しい健康ドリンクだと思って飲んでいたのだ。いつも飲んでいる苦々しいポーションが、あの美味しさになるとしたら世界の常識を覆すものだ。


「効能はポーションと変わらないはずなので、身体に害はありません」

「害がないのは分かるけど、今度シュワシュワの効能を確認させてもらってもいい?」

「自分の簡易鑑定ではポーションと変わらなかったですよ」

「俺、鑑定持ちだから」

「おぉ、そうなんですね。簡易鑑定ではわからない効能が隠されているかもしれませんし、ぜひお願いします」


 ポーションの全効能が分かるならせっかくなら見てもらおうと軽い気持ちでアイオライトはお願いすることにした。


「よし、こんなもんかな。燃料はこれで問題ないと思いますので急いで帰りましょう」

「綺麗な魔法が見れた。燃料入れるタイミングで一緒に外に出て良かったよ」


 車内に戻ってもまだまだ熟睡しているのを起こさないように扉を閉め、またイシスに向かって走りだる。


「そう言えば、リコとカリンちゃんがラウルさんとか皆さんのこと呼び捨てにしててすみません。なんか言っても直してくれなくて。年上だって言ってるのに」


 ハンドルを握って走り出すとラウルを呼び捨てにしていることを気にしていたのか、アイオライトが謝る。


「別に構わないよ。もしあれなら、アイオライトも俺のこと、呼び捨てにしても良いんだよ。友達、だし」


 ちらりとラウルが横を見ると、アイオライトが少し考えるようにハンドルをトントンと叩いた。


「ラウル。……うわ、照れますね」

「照れるね……」

「自分のことも愛称で呼んでいただいていいですよ。ラウル」

「あ、お。アオ」

「照れますね……」


 お互いに名前を呼び合うだけなのに、こんなに照れるものなのかと一瞬だけお互い顔を合わせて笑いあう。


「少しずつ慣れていきましょうね。ラウル」

「そうだね。アオ」


 穏やかに二人だけの時間が流れている。


 キャビンスペースでは静かに寝息が立っているように聞こえているが、実は全員二人の会話を聞きたくて寝た振りをしているだけ。外での会話以外はずっと話を聞いていた。


 二人の様子を近くで見たいとリコが起きようとするのを、カリンが足をたたいて阻止しているのをリチャードは見ていた。

 静かにアイオライトとラウルの二人だけ会話が続いていく中、小さく寝言のようにレノワールがつぶやく。


「激甘。だけどマジ尊い」


 キャビンスペースにいる全員が大きくうなずいているのをリチャードは確認して、イシスに着くまでは二人の邪魔はしないように、再び目を閉じ、静かに寝たふりを続けることにした。

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