そうだ! ベルツァにいこう!
「では、また機会がありましたらお立ち寄りくださいね」
「本当にありがとうございました。今回は一旦国に帰りますが、必ずまたお伺いします」
火の日の朝の営業が終了した後、アイオライトはジーランから来たニエルとユーリの二人が約束通りやってきた。
今回は親子丼と照り焼き丼を一緒に作り、店の品書きから二人が気になったと言うレシピを紙に書きながら説明してお開きとなった。
「これ、クッキーなんですけど、少しは日持ちしますので疲れた時に食べてください」
アイオライトが店の持ち帰り用に作ったクッキーの入った袋を土産として手渡した。
ニエルとユーリに、調理中も特に怪しい素振りもなかった。本当に店のレシピを知りたいだけだったのだろうと、最後の最後で、ようやくラウルは胸を撫で下ろした。
あまりにもじっと二人を見すぎていたのだろうか、アイオライトに手招きされ、背伸びをして小声で囁くようにラウルに告げる。
「ラウルさんにも後でお渡ししますね」
「うん。ありがとう」
見られているのがわかったのかラウルを見上げて、ふわりと笑った。
アイオライトがびっくりするほど可愛く見えて困る。
俺、なんかめちゃくちゃ重症なんじゃないかな……と思いながら、一旦落ち着こうと空を見上げてからアイオライトに視線を戻す。
「さて、今日はこの後どうしますか? ラウルさん、お時間あればお茶でもいかがですか?」
折角の二人きりでいられる誘惑に頷きそうになるが、このあと王城に戻らねばならない。
「そうしたいところなんだけれど、今日は王城に戻らないといけなくて……」
「そうでしたか。ではまたお茶はまたの機会に……。あの、三人は元気ですか?」
「毎回会うたびにびっくりするほど元気だよね。あの人たちは」
ちょっと寂しそうぽつりといいな、と言ったのをラウルは聞き逃さなかった。
「今日はこの後お休みだろ? 明日は火の日で休みだし、一緒に行く?」
「え? いいんですか? でもお仕事なら邪魔しては悪いですし……」
「仕事って言えばそうなんだけど、今回はあの三人に会うのが仕事だから、アイオライトさえよければ、一緒に行こう」
そう言うと先ほどの寂しそうな顔から一変、輝くような笑顔を見せる。
「お城に行くのに、この格好じゃダメですかね」
アイオライトはいつもと変わらず青い服だが、さすがに王城に行くので気にしているようだ。
「う~ん。俺はどっちでも良いと思うけど、アイオライトが着替えたいなら待ってるよ」
「じゃぁ、少しだけ待っていてくださいね」
この前は青い服から新品の青い服に着替えるという不思議な着替えをしてきた。
今日はどんな不思議な着替えになるのか、と楽しみに待っていたが、降りてきたアイオライトにラウルは絶句する。
あの日、着ていた紺色の大きな襟の服を着て降りてきたからだ。
「ちゃんとした場所に行くので、制服……ちゃんとした格好でと思ったんですが、ダメですかね」
「ダメじゃないよ。似合ってる」
「よかった!」
色々思い出してしまって、ラウルは馬車の中で目の前に座るアイオライトを、しばらく正面から見ることが出来なかった。
——————
「ラウルを呼んで頂戴」
アルタジアの王城内にある客室に滞在中のカリンがリチャードを呼び出して開口一番そう言った。
「ラウル様は、現在イシスの街におりますので、すぐにはお呼びできません」
「ちょっと、リチャード氏、その仕事モードの喋り方止めて欲しいのだがっ」
「いや、仕事中だからちゃんとせねばと思ったのですがね」
「普通でもちょっと畏まってるのに、それ以上は必要ないよでしょうよ」
「では、普通に話しますよ。で、何故ラウルを?」
リコは眼鏡にも慣れてきたのか、比較的普通に接することができてリチャードは安心していた。
毎回鼻血を出して倒れられても困る。
「アオに会いたいの! 城に来てから半月も経ったのに、外に出れないしさ」
「そうよ、私は別に保護対象じゃないんだから外に出してくれてもいいんじゃない?」
リコの切実なお願いの後、レノワールも城に足止めされていることに対して意見を述べる。
「レノワール嬢は確かに保護対象ではありませんが、リコ嬢とカリン嬢の友人ですので、式典が終わるまで危険がないとはいいきれません」
きっぱりと危険だから外には出せないとリチャードは告げる。
そのあとも三人対リチャードの攻防が続いた。
そろそろ一旦落ち着きたいと侍女を呼ぼうとしたところ、ラウルが先触れもなしに部屋にやってきた。
「先触れもなくすまない。今日は特別にお土産を用意したよ」
「あ! ラウル! またあんただけアオとキャッキャウフフしてたんでしょっ! うらやまけしからん!」
「ごめん、リコ嬢が何を言っているのかわからないんだけど……」
アイオライトは三人をびっくりさせようとラウルの後ろに隠れていたが、声をかけるとひょっこりと顔を出した。
「こら! リコ! 年上なんだからラウルさんのこと呼び捨てにしちゃダメだよ。あとキャッキャウフフなんてしてない!」
「「「アオ~」」」
三人とも、そんなにもアイオライトに会いたかったのか、と言わんばかりにラウルを突き飛ばし、アイオライトをぎゅうぎゅうと抱きしめる。
「やっぱり制服似合うわね」
「えへへ。褒められると嬉しいけど、作ったのはレノワールでしょ。みんなの制服はないの?」
「えっと、色々アウトかなと思って作ってない……」
「ちょ、自分同い年なんですけれど」
「アオは似合ってるから問題ないわ」
ラウルも似合っていると思っているので、それ以上は特に突っ込まないでおく。
「ラウル……さん。アオを連れてきてくれてありがとうございました」
「その表情で言われても、なんだかな」
リコは感謝の言葉こそ口にするが、その表情は苦々しい。
「だって、ズルイ。ラウル……さんだけ、アオと遊んでさ」
「リコ、ラウルさんは別に自分と遊んでるわけじゃないよ。お仕事でイシスにいるんだし、うちにはご飯食べにきてくれてるだけなんだよ?」
言葉にされると、なんだかただの客だと言われている気持ちになって、今度はラウルが苦々しい顔になってしまった。
「それだけじゃないけど……」
「ラウル、もう聞いてないよ……」
なんとかそれだけではないと言葉にはしたが、すでに四人とも興味は違うものに移っており、残念だがアイオライトがラウルの言葉を拾うことはなかった。
「そうだ! リコと私、式典用のドレスをレノワールにデザインしてもらったのよ」
「もちろん、アオのもデザインしてるわ。見る?」
「本当? 見る見る! でもドレスはちょっと自分に合わないと思うよ」
本当に着飾りたくないのか、この期に及んでドレスを拒否しようとしているのがわかる。
「と言うと思ったから、式典用は三人でお揃いの衣装っぽくして、こんな感じにしたんだけれど、どうかしら? 好きでしょう?」
イメージとしては前世でよく見ていたゲームに出てくるの騎士団とかが着ているような、襟元に豪奢な刺繍が入っているデッサン画を見せてくれた。
カリンとリコは形違いのシャボタイで、アイオライトはリボンと若干違う。
「ここの襟の刺繍と、腰のリボンはみんな色違いにしようと思ってるの」
「自分のだけショートパンツなのが気になる」
「アオ、スカートの方がいいの?」
「やだー」
本当に四人でいると小気味いい会話が延々続く。
ラウルもリチャードも声をかけたりせず、したいようにさせている。
「あ、あとね、ほら、夏じゃない? 夏と言えば? はい、アオ!」
「えっと、アイス! はい、次カリンちゃん」
「ひと夏の恋! はい! 次リコ!」
「夏と言えば~、海!」
「アイスを食べながら恋が始まるかはさておいて、夏と言えば海よ! 海と言えば?」
「やっぱりアイスじゃない?」
「アオはどんだけアイス食べたいのよ」
レノワールに突っ込まれる。
「自分氷魔法が使えないから、アイスがうまく作れないんだよね」
「あぁ、そういう事?」
「うん」
アイオライトは火と風と簡単な鑑定魔法が使える。
物質変換とはいうが虹色の魔法は、あくまで似たような食べ物が自分の思ったような味に近くなり、アイオライトの中では美味しくて元気になれるお得な魔法、といった位置付けになりつつある。
「お店で、コーヒーフロートとかハツラルフロートとかあったら絶対人気出ると思うんだよね」
「じゃぁ、あれだ、アイスメーカー作ってあげるよ」
「ほんと! リコ! ありがとう!」
「アイスは、さらに置いといて、海と言えばじゃぁ何なの? レノワール」
レノワールはちらりとラウルを見てから高らかに宣言した。
「水着よ!」
物凄く高らかに宣言したが、ラウルもリチャードも水着が何なのかわからない顔をしている。
「あぁ、そうね。オーリエで発表したばかりでまだ流行りには至ってないけど、男女一緒に海に入ったり温泉に入ったりできる洋服みたいなものよ」
「海に服を着て入ったら重たいだろう?」
「リチャード氏、水着は素材が違うんだよ。伸び縮みする生地で、水捌けも良いからすぐ乾くよ」
しかしこの世界には水着に使えるような生地はなさそうなので、レノワールも何か物質変換のような魔法が使えるのかもしれない、あとで聞いてみようとアイオライトは思った。
「ベルツァの温泉には大きな混浴もあるけど、基本的に女性はそちらには入らないな……。その水着とやらが流行れば家族で気兼ねなく温泉に入ったりこともできるって事?」
「その通り! ラウル君、正解です」
レノワールがラウルの答えに満足して、がさがさと鞄から五つの袋を取り出す。
「じゃじゃーん! 三人の分はサイズ目算だけど作成済みよ」
袋を開けようとするが、レノワールが制止する。
「これは着てからのお楽しみ。さ、今からベルツァへ行くわよ!」
「ちょっと待て、王城から出ていいなんて一言も言っていない」
「リチャード氏、ラウル……さんが居るのだからいいんじゃない?」
自分の主を振り返ってみると、葛藤してる顔が確かに見える。
「そうだな……、半月も外に出てないし、俺たちが一緒ならいいだろう。ただ、今から出発すると車で行っても到着は夜の十時を回るんじゃないかな」
すでに時計の針は夕方の六時を回ったところである。
「明日の朝から遊ぶために、前乗りするのは常識よ」
レノワールがものすごくの乗り気である。かなり鬱憤が溜まっていたのだろうか。
「まぁ、ベルツァにはさ、行きつけの宿が……あるしね」
「そうね……」
リコとカリンはきっとベルツァにも何度も行ったのだろうと思える、苦々しい顔をしながらも泊まる所は確保できると言う。
「水の日はお店があるから、明日の夕方には帰らなくちゃいけないけど……」
三人がいいよいいよと頷く。
「あと、一旦マークに遊びに行ってくるって言いたいから、イシスに寄ってからでいい?」
両親が不在のことが多いので、マークとリリが保護者代理だと説明する。
「ご両親に会えないのは残念だけれど、私たちもアオの保護者の人に会っておくのは大事ね。よし! 善は急げよ。ラウルさん、リチャードさん、今すぐイシスに寄ってから温泉と海に向かうわよ!」
「ガッテン承知! 燃料の魔力は出発前に入れよ! ひゃっほ~!」
「ちょっと待て、君達全員を俺達二人で見るのは難しい、あと二人連れて行ってもいいだろうか?」
急に決まったベルツァ行きに、焦りはするが冷静にラウルが提案する。
「構わないわよ。ちょっと重くなるけれど十人まで乗れるから」
カリンは定員に問題ないことを告げて、自分の荷物をバッグに入れ始めた。
「リチャード、ロジャーとフィンを今すぐ連れてこい」
「わかった」
「不満が爆発しないようにアイオライトに会わせて息抜きさせるつもりだったんだけれど。なんか大事になってきちゃったな。」
「まぁ、俺達四人で見てればなんとかなる、と信じる」
珍しく歯切れの悪い返事をするリチャードに、ラウルも賛同するように頷く。
「ラウルさん、みんなで一緒に海で遊びましょうね! 自分ベルツァ初めてなんですけれど、温泉も海も凄く楽しみです! 明日休みで良かった!」
アイオライトは友達と遊びに行けることが楽しみなようで、準備を始めている三人の手伝いをしながら楽しそうに話をしている。
過保護なロジャーには、ちゃんと自分が付いていると約束すれば大丈夫だろう。
気は重いが、アイオライトの楽しそうな笑顔を見れるなら、安いものだ。
そう思っているラウルが、ベルツァで思わぬ幸運を手にすることを、本人はまだ知る由もない。




